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企業ブランディングとは。何本の仕事に分かれ、どこから手をつけるか

企業ブランディングとは何か 企業ブランディングとは、自社が何をしている会社で、何を大事にしているかを、社内と社外の両方に揃った形で伝わるようにする取り組みです。ただし、これは1つの作業を指す言葉ではありません。理念を決める、外に約束することを言葉にする、社員に伝える、見え方を作り直す。別々の仕事をまとめて呼んでいる言葉です。 だから、会社によって要るものが違います。同じ「企業ブランディングをやりたい」という相談でも、話を聞いていくと、必要な作業が1本のこともあれば、3本のこともあります。ゼロということもあります。 会社のブランディングを調べると、進め方の記事が並びます。手順が示されていて、どれも筋が通っています。ただ、そこに書かれているのは全部やる前提の順番です。自社にどれが要るのかは、別に決める必要があります。 順番の記事が悪いわけではありません。全部やると決めた会社にとっては、そのとおりに進めれば形になります。ただ、相談に来られる時点では、まだ全部やると決まっていないことがあります。決まっていない状態で手順だけを読むと、読み終えても次にやることが出てきません。 この記事では、金額を書きません。他社の名前も出しません。書くのは、この言葉が何本の仕事に分かれるのかと、自社はそのどれから手をつけるのか、です。 1つの作業ではありません 図をタップすると、拡大して見られます 「企業ブランディングをやる」という言い方は、実際には複数の別の仕事を指しています。 分け方は、業界に定まったものがあるわけではありません。世の中には3つの要素で説明するもの、4つで説明するものもあります。私たちは、作業の単位で分けて考えています。実際に手を動かすときに、別の人が別の時間をかけるものは、別の仕事だからです。 仕事 何を決めるか 理念の整理自社が何を果たす会社なのか 外への約束を言葉にする誰に何を約束するのか 決めたことを使える形にするどこで、誰が、どう使うか 社内に伝える社員が同じ説明をできるか 見え方を作り直す事業と見た目が合っているか 作るものを発注するロゴ、サイト、パッケージ この6つは、必要な人も、かかる時間も、終わりの見え方も違います。理念の整理は経営の仕事で、社内に伝えるのは日々の運用の仕事です。作るものの発注は、決まったあとの仕事です。関わる人が違えば、進め方も変わります。 終わり方も違います。理念の整理は、文書ができた時点では終わりません。社員が説明できるようになって、はじめて機能します。一方で、ロゴの制作は納品物が揃えば終わります。同じ取り組みの中に、終わりが決まるものと決まらないものが混ざっています。 頼む先も分かれます。理念の整理を得意とする相手と、作るものを形にする相手は、同じとは限りません。だから「企業ブランディング一式」で見積もりを取ると、何にいくらかかっているのかが見えなくなります。分けて考えておくと、見積もりも分けて見られます。 一続きの取り組みとして扱うと、どこから手をつけるかが決まりません。「企業ブランディングをやる」とだけ決めて動き出すと、作るものの話から始まることになります。目に見えて、進んだ感じがするためです。ただ、その手前が決まっていなければ、作ったものを判断する基準がありません。 全部の会社に要るわけではない 図をタップすると、拡大して見られます 手をつけなくてよい場合があります。ここを先に書いておきます。 紹介で仕事が回っていて、相手が限られている会社があります。取引先が数えられる範囲で、担当者どうしが顔を知っている。この状態なら、外に向けて何かを整えるより、いまの関係を保つほうが効きます。外向きの整理は、知らない相手に届ける必要が出てきたときに要るものです。 事業そのものを変えている途中の会社もあります。何を主力にするかが動いているなら、言葉にしても、決めたそばから合わなくなります。動いているものを固定しようとすると、決めた側も守れません。この場合は、事業の形が見えてから手をつけるほうが早く終わります。 人手が足りていない会社もあります。日々の仕事で手一杯なら、新しい取り組みを足すと、そちらが止まります。止まったものは、次に始めるときの障害になります。一度やって続かなかった取り組みは、社内で「またあれか」と受け取られるためです。いま始めない、という判断も、判断のうちです。 見分け方は、困っていることが具体的に言えるかどうかです。「採用の応募が来ない」「取引先に事業の説明が伝わらない」のように、場面と相手が言えるなら、手をつける先があります。「なんとなく古い感じがする」で止まるなら、まだ場面が特定できていません。その状態で始めると、何が良くなれば成功なのかが決まりません。 いま手をつけないと決めた場合も、決めた記録は残しておきます。何を見て要らないと判断したのかと、いつ見直すのかを書いておくだけで足ります。書いておかないと、同じ議論がまた社内で立ち上がったときに、前回なぜ見送ったのかが分からなくなります。 上位に並ぶ記事は、企業ブランディングを全社に必要なものとして書いています。それが間違っているというより、必要かどうかを決める話が、手順の記事には入らないだけだと考えられます。 そして、いま要らないと見立てたなら、それを言うのは相談を受けた側の仕事です。話を聞いて必要がなさそうなら、そうお伝えします。やる前提で相談に応じるほうが受注につながりますが、それは提案ではなく営業です。 何が起きているかで、要るものが変わる 図をタップすると、拡大して見られます 要るかどうかが分かったら、次はどれが要るかです。ここは、いま何が起きているかから逆算できます。 社内で説明が揃っていない 役員と現場で、何をしている会社かの説明が違う。採用の面接で、面接官によって話す内容が変わる。この状態なら、理念の整理から入ります。 自社が何を果たす会社なのかを、社内で1つに決める作業です(MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方)。 すでに理念があるのに使われていない場合は、少し違います。作り直すのか、いまのものを使える形にするのかの判断が先に要ります(企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断)。 外への約束が決まっていない 自社の説明が、事業の紹介で終わっている。何を作っているかは言えるが、なぜ自社を選ぶのかを聞かれると言葉に詰まる。この状態なら、外への約束を言葉にするところからです。 誰に何を約束するのかが決まると、載せる情報を選ぶ基準ができます(ブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方)。 決まっているが、使われていない 言葉はあるが、資料や現場で守られていない。人によって色も言い回しも変わる。この状態で足りていないのは、決めることではなく、使える形にすることです。 どこで、誰が、どう使うかまで書いてはじめて、決めたことが日々の判断に届きます(ブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのか)。 社員に伝わっていない 言葉は決まっていて、掲げられてもいる。ただ、社員が自分の言葉で説明できない。配った回数の問題ではなく、自分のものになっていない状態です。 ここは社内向けの取り組みが要ります(インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方)。 見え方が事業と合っていない 事業の中身が変わったのに、外からの見え方が昔のまま。ロゴもサイトも、前の事業に合わせて作られている。この状態は、作り直しの検討に入ります。 ただし、作り直せば解決するとは限りません。何が変わったのかを先に特定する必要があります(リブランディングとは。意味・進め方・費用・判断のタイミング)。 作るものが決まっている 何を伝えるかは決まっていて、あとは形にするだけ。この状態なら、発注の準備に進みます。ここまでの5つが済んでいるなら、迷わず進みます。 自社がどれかを見分ける 社内で聞けば分かります。同じ質問を何人かにして、答えが揃うかどうかを見ます。「うちは何をしている会社ですか」「なぜお客さんはうちを選んでいますか」。揃わない部分が、手をつける場所です。 複数に当てはまることもあります。その場合は上から順に見ていくと、手前が決まっていないものが見つかります。手前が決まらないまま先を進めても、あとで戻ることになります。 もっとも、これを依頼する側が自力で見立てるものではありません。話を聞いて、どれが要るかを言うのが、相談を受けた側の仕事です。「一式でやりましょう」と返ってくるなら、見立てが飛ばされています。 大企業のやり方を、そのまま縮めない 参考にする事例を選ぶときに、気をつけたいことがあります。 企業ブランディングの事例として紹介されるものは、規模の大きい会社のものが中心です。全社アンケート、部門をまたぐプロジェクト、専任のチーム、社外の調査。どれも、人と時間が確保できることを前提にした形です。 中小企業で同じ形を取ると、工程だけが残ります。アンケートは配るが集まらない。プロジェクトは立ち上がるが、参加者が本業で手一杯になる。会議は開かれるが、決める人がその場にいない。進んでいる形はできますが、中身が薄くなります。 そして、形をなぞった取り組みは、途中で止まったときに理由が見えません。何のためにやっていたかが、工程の説明に置き換わっているためです。 規模が小さいことは、この取り組みでは不利ではありません。社員に聞くのに調査は要らず、話せば済みます。決める人と現場の距離が近いので、決めたことが伝わるまでが短い。大きい会社が仕組みで解いている部分を、直接やれます。 だから、事例を見るときは形をまねるのではなく、何を決めたかだけを見ます。どんな会議体で決めたかは、その会社の規模に合わせた手順です。決めた内容のほうが、自社に置き換えられます。 そして、大企業の型をそのまま持ち込まないのは、提案する側の責任です。その会社の人数と時間で回る形を出すところまでが、引き受けた仕事です。立派な進め方を提案して、動かないまま終わるなら、提案していないのと変わりません。 中小企業で先に効きやすい順 どれも要る、という結果になることもあります。そのときは順番を決めます。 人手が限られているなら、社内から先に手をつけるほうが効きやすい形です。社員が自社を同じように説明できる状態になると、採用の場面でも、営業の場面でも、そのまま効きます。外向けの制作物を作る前に、話す内容が揃っている状態を作るということです。 社内が先だと、確かめるのも早く済みます。外向けの取り組みは、届いたかどうかを測るのに時間がかかりますが、社内なら聞けば分かります。手応えが早く返ってくるほうが、続きます。 外への約束を言葉にするのは、社内で言葉が揃ってからのほうが早く終わります。社内で説明が割れている状態で外向けの言葉を決めると、決めたあとに「うちはそうではない」という声が出ます。順番を逆にすると、決め直しが入ります。 採用で急いでいる場合は、少し事情が変わります。募集の時期が外から決まっているなら、そこに間に合う範囲で先に手をつけることになります(採用ブランディングとは。採用広報との違いと、手をつける順番)。 作るものは、決めることが済んでからです。ロゴもサイトもパッケージも、何を伝えるかが決まっていなければ、判断の基準がないまま案を選ぶことになります。 ただし、この順番が常に正しいわけではありません。展示会や登記の日付のように、期限が外から決まっているものがあれば、そちらに合わせます。順番は原則で、事情が優先します。 なお、その会社にとっての順番を示すのは、依頼する側が考えることではありません。何を先にやるかを、理由と一緒に出すのが、引き受けた側の仕事です。「どこからやりますか」と聞かれて、こちらが決めるなら、見立てを預けたことになります。 手をつける前に決めておくこと 図をタップすると、拡大して見られます 始める前に、社内で決めておくことがあります。 誰が決めるか。言葉を決める場面では、意見が割れます。割れたときに決める人が決まっていないと、そこで止まります。決める人は打ち合わせに出ていたほうが早く、伝言で進めると意図が薄まります。 どこまでを今回やるか。前の章の6つのうち、今回はどれをやるのかを決めます。全部を同時に進めると、どれも中途半端なところで止まります。区切り方は、予算ではなく作業の単位です。予算で区切ると、途中まで進んだ状態で止まり、そこから再開するときに前提を思い出すところからになります。 終わったと言える状態はどれか。理念を決める仕事なら、文書ができたら終わりなのか、社員が説明できたら終わりなのか。ここを決めていないと、終わりが来ません。 もっとも、終わりの定義を依頼する側が用意するものではありません。何をもって完了とするかを、始める前に文書で示すのが、提案する側の仕事です。示されないまま始まった仕事は、いつまでも続くか、曖昧なまま止まります。 なお、依頼先をどう選ぶかは、この記事の範囲を超えます。会社の型から選ぶ話はブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方に書いています。 要る本数は、会社ごとに違う 企業ブランディングは、やるかやらないかで決めるものではありません。どれをやるかで決めるものです。 呼び名は1つですが、中身は別々の仕事です。理念の整理、外への約束、使える形にすること、社内に伝えること、見え方の作り直し、作るものの発注。会社によって、要る本数が違います。ゼロということもあります。 自社がどれに当たるかは、社内で同じ質問をしてみると見えてきます。答えが揃わないところが、手をつける場所です。全部を一度にやる必要はありません。1本ずつでも、終わったと言える状態まで進めば、次に始めるときの土台になります。 決まらないなら、そこから一緒に決められる相手を選ぶ。それも、ひとつの選び方です。 関連する記事 ブランディングとは。何をすることで、どこから手をつけるのか 中小企業のブランディング。決めたあとに時間を使う進め方 コーポレートアイデンティティとは。MI・BI・VIと、作れるものと作れないもの 記事一覧を見る

ブランディングとは。何をすることで、どこから手をつけるのか

ブランディングとは、自社が何者で、何を大事にしているのかを決めて、外に出るものすべてを、それに揃えていく取り組みです。ロゴやデザインを新しく作ることを指す言葉ではありません。作る前に決めるところから、決めたあとに揃え続けるところまでを含みます。 この記事では、意味だけでなく、自社が何から手をつけるのかまでを書きます。この言葉が指す範囲は広いので、どこが詰まっているかによって、次にやることが変わります。 ブランディングとは何か 日本語の訳語が定着していません。ブランド化、商標化、銘柄づくり。辞書にはありますが、実務で使っている場面を見かけません。 定着しない理由は、日本語にすると「作る」側に寄るからだと考えています。ブランド化と言うと、何かをブランドにする作業に聞こえます。実際にやっているのは、決めること、作ること、揃えること。この三つのうち、訳語が拾えているのは真ん中だけです。 私たちは、訳さずに使っています。日本語にすると、範囲が狭くなるためです。 もう一つ、言葉の使われ方に幅があります。ロゴを作ることをブランディングと呼ぶ場面もあれば、会社の方向を決めることを指す場面もあります。同じ語で別の作業を指したまま話が進むと、見積もりの段階で食い違います。安くなったわけでも高くなったわけでもなく、最初から違う話をしていた、ということが起きます。 幅があること自体は、悪いことではありません。広い言葉なので、入口としては使いやすい面があります。ただ、作業の話に入る時点では、狭めておく必要があります。 だから、この記事では最初に範囲を書きました。決めるところから、揃え続けるところまでです。範囲の違う相手と話すときは、そこを先に合わせておくと早く進みます。 「3要素」と言われているもの 図をタップすると、拡大して見られます ブランディングの3要素、という整理を見かけます。検索でも出てくる問いです。 ただ、調べてみると、指しているものが同じではありません。 品質・デザイン・売り方を挙げる説明があります。事業を構成する要素として並べたものです。論理・信頼・情熱を挙げる説明もあります。こちらは人を説得するときの要素で、古典の弁論術から来ています。ブランドのアイデンティティ・パーソナリティ・体験を挙げる説明もあります。ブランドそのものを分解した形です。 三つとも「3要素」と呼ばれていますが、階層が違います。事業の話、人の動かし方の話、ブランドの構造の話。同じ棚に並べられるものではありません。 どれかが間違っている、という話ではありません。それぞれの文脈では成立しています。問題は、どれを持ってきても自社の作業には接続しないことです。「うちの品質・デザイン・売り方はどうか」と考えても、明日何をするかは決まりません。 なぜ整理が一致しないのかにも、触れておきます。ブランディングという語自体が、指す範囲の広い言葉だからです。事業の話をしている人と、デザインの話をしている人と、社内の話をしている人が、同じ語を使っています。それぞれの立場から要素を三つ挙げれば、三つとも別のものになります。 要素の分け方が揃わないのは、この言葉の性質から出ています。統一されるのを待っても、おそらく揃いません。 私たちは、決めることと作ることに分けて見ています。要素で分けるのではなく、作業で分けます。決めるほうと作るほうでは、必要な材料も、決める人も、かかる時間も違うからです。次の章がその中身です。 決めることと、作ること 図をタップすると、拡大して見られます やっていることを分けると、決めること、作ること、揃えることになります。 決めることは、自社が何者で、何を大事にし、誰に何を約束するかを言葉にする作業です。作ることは、ロゴ、サイト、パッケージ、会社案内、店の内装、採用資料。目に見えるものを形にする作業です。揃えることは、作ったものを決めたものに合わせ続ける作業で、これには終わりがありません。 この三つのうち、成果物が見えるのは真ん中だけです。 決めることには納品物がありません。会議をして、言葉が決まって、資料が1枚できる。かけた時間に対して、見えるものが少ない。揃えることも同じで、続けている間は成果が形になりません。 だから、相談は作るほうから始まります。ロゴを新しくしたい、サイトを作り直したい、パッケージを変えたい。作るところから始まるのが普通ですし、それで進む場合もあります。 ただ、決めるほうを飛ばして作ると、あとで揃わなくなります。ロゴを決めた人と、サイトを作った人と、パッケージを作った人が、それぞれ自分の判断で良いものを作る。個々は良くても、並べると別の会社に見える。 そのときに直すのは、作ったものではありません。決めていなかったところに戻ることになります。そして戻ると、作り直しが発生します。 順番の話であって、作ることが軽いという話ではありません。決めた言葉は、形にならなければ誰にも届きません。 揃えることについても、書いておきます。決めて、作って、終わりではありません。会社は動き続けるので、新しく作るものが出てきます。採用のページ、展示会のブース、来期の資料。そのたびに、決めたものに合わせるかどうかの判断が発生します。 この判断を毎回ゼロからやり直していると、担当者が変わったところでずれます。決めたことを、他の人が判断できる形にして渡しておく必要があります。 似た言葉との違い 近い場所で使われる言葉があります。混ざると、頼む先も変わります。 マーケティングは、売れる仕組みをつくる作業です。誰に、どの経路で、いくらで届けるか。ブランディングは、選ばれる理由をつくる作業です。どちらが上ということではなく、扱っているものが違います。仕組みがあっても選ぶ理由がなければ価格で比べられますし、選ぶ理由があっても届く経路がなければ知られません。 デザイン制作は、作ることの一部です。前の章で挙げた三つのうち、真ん中にあたります。ブランディングは、その手前の決めることを含みます。 広報は、決めたことを伝える機能です。何を伝えるかが決まっていないと、伝え方の話だけが進みます。 そして、この分け方をしない考え方もあります。ブランディングも空間も映像も、同じ判断から出てくるものだから領域で分けない、という立場です。私たちがなぜそう考えているかは、なぜ私たちは、ブランディングも空間も映像も分けないのかに書きました。 もう一つ。すでにあるものを作り直す場合は、リブランディングと呼びます。新しく作るのか、あるものを見直すのかで、最初にやることが変わります。意味と進め方は、リブランディングとは。意味・進め方・費用・判断のタイミングにまとめました。 言葉が混ざると、相談する先が変わります。売れる仕組みの話をマーケティングの会社に持っていくのは筋が通っていますが、選ばれる理由が決まっていない状態で行けば、仕組みだけが増えます。逆に、届く経路がない状態で選ばれる理由だけを整えても、知られません。どちらが足りないのかは、症状を見れば見当がつきます。次の章がその話です。 いま何が起きているかを見分ける 図をタップすると、拡大して見られます 相談は、目の前の困りごとから始まります。応募が来ない、見積もりがばらつく、社員の説明が揃わない。ブランディングが必要かどうか、という形では来ません。 そして、症状と原因は一致しません。見えている症状の手前に、詰まっている場所があります。 見えている症状 詰まっている場所 作ったものが、並べると揃わない決めていない 社員によって会社の説明が違う決めたが、社内で使われていない 採用で応募が集まらない外に出している言葉が、中と合っていない 見積もりが会社ごとに大きく違う何を頼むかが決まっていない 同じ症状でも、詰まっている場所が違うことがあります。応募が来ないのは、募集要項の書き方かもしれませんし、そもそも会社として何を言うかが決まっていないのかもしれません。ロゴが古いから応募が来ない、という筋道は、あるとしても後のほうです。 見分ける問いは、決まっていないのか、決めたが使われていないのか、作るものが決まっていないのか。このどれかに入ります。 どれに当たるかは、聞けば見当がつきます。 決まっていないかどうかは、社内の何人かに同じ問いを出すと見えます。うちは何をする会社ですか、と聞いて、返ってくる説明が重なるかどうか。一言一句が揃う必要はありません。同じことを指しているかどうかを見ます。 決めたが使われていないかどうかは、あとから入った人に聞くと早く分かります。入る前に見ていた会社の説明と、入ってから聞いた説明が同じだったか。ずれていたなら、外に出している言葉と、中で使っている言葉が別になっています。 作るものが決まっていないかどうかは、見積もりに出ます。同じ依頼で会社ごとに金額が大きく動くなら、頼む範囲が決まっていません。差は、相手の価格設定より先に、依頼の書き方から出ます。 決めたのに社内で使われていない状態は、それだけで一本の作業になります。進め方と、何を見れば効いたと分かるのかは、インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方に書きました。 採用の場面で出ている場合は、扱いが少し違います。採用広報との切り分けと、手をつける順番は、採用ブランディングとは。採用広報との違いと、手をつける順番にまとめています。 相談の入口で言われた言葉を、そのまま作業の範囲にしているなら、見立てていないということです。ロゴを作りたいと言われてロゴを作るのは、注文を受けたのであって、詰まっている場所を見たことにはなりません。 状態別に、次に読むもの 見分けがついたら、次にやることが決まります。詰まっている場所ごとに書きます。 順番としては、言葉が決まっていない場合が手前にあります。決まっていなければ、作るものも、頼む相手も決められないからです。逆に、言葉が決まっているなら、そこは飛ばして構いません。すでに決まっているものを決め直すのは、時間の使い方として重くなります。 言葉が決まっていない場合 決めるところから始めます。ただ、決めるものにも種類があります。 誰に何を約束するかを決めたいなら、ブランドコンセプトです。外に向けた約束を一つの形にする作業で、作り方と、それが機能しているかの見分け方はブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方にあります。 会社の内側を三つに分けて持ちたいなら、MVVです。何を果たすのか、どこへ向かうのか、何を選ぶのか。三つの違いと、ぶつかったときにどうするかはMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方に書きました。 すでに理念があって、作り直すかどうかで迷っているなら企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断です。ゼロから作る場合と、あるものを見直す場合では、やることが別になります。 なぜこの会社が存在するのか、というところから考えたいなら、パーパスです。掲げたのに使われない状態がなぜ起きるかも含めて、パーパス経営とは。「意味がない」と言われる理由と、中小企業での使いどころにまとめました。 全部を一度に決める必要はありません。要るものから決めるほうが、使われる形になります。 作ったものが揃わない場合 決めてはいるが、出てくるものが揃わない。この場合、決めたことが作る人に渡っていない可能性があります。 渡す形にしたものが、ブランドガイドラインです。何を書き、なぜ使われなくなるのかはブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのかに書きました。 ただ、揃わない原因は分かれます。決めていないから揃わないのか、決めたが渡っていないから揃わないのか。前者なら、一つ前の節に戻ります。 誰に何を頼むか決まらない場合 作ることは決まっているが、どこに頼むか決まらない。この場合は、頼む相手の型から見ます。 会社によって、得意な範囲が違います。型の分け方と、自社に必要な型の見分け方はブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方にあります。 頼むものが決まっているなら、それぞれに書いたものがあります。サイトを作り直すならコーポレートサイトのリニューアル。作り直す前に、何が変わったかを見る、パッケージならパッケージデザイン会社の選び方。依頼できる範囲と、決めておく条件、ロゴならロゴ制作の依頼。何が納品されるかで、見積もりは変わるです。 一式で提案するほうが、引き受ける側は楽です。ただ、一式にすると順番が消えます。どれを先にやるかを決めて示すところまでが、提案だと考えています。 順番を間違えるとどうなるか 図をタップすると、拡大して見られます 作ってから決めると、決めた内容に、作ったものが合いません。 言葉が後から決まると、すでに作ったものを見ながら決めることになります。作ったものに合う言葉を選ぶ形です。順序が逆なので、決めた言葉が判断の役に立ちません。すでにあるものを説明するだけの文になります。 外側を先に変えても、決め方が変わらなければ元に戻ります。ロゴを変え、サイトを作り直し、それでも相談が来る内容は変わらない。そこで何が起きているかは、リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないに書きました。 売り場で同じことが起きた場合は、戻る先がもう少し手前にあります。パッケージを変えたら売れなくなる。その手前で、何が起きているのかがその話です。 順番を守れない理由は、はっきりしています。作るほうには納期があり、決めるほうにはありません。期限のあるものが先に進むので、決めるほうが後回しになります。 戻ったときの負担は、作り直しの費用だけではありません。一度やったことを、もう一度やることになります。社内では「この前決めたはずでは」という空気が出ますし、二度目は集まる人の熱が下がります。同じ議論を、前より低い温度でやり直すことになります。 作ることから入る提案が通りやすいのも、成果物が見えるからです。見えにくいほうを先に売るのは、引き受ける側の仕事だと考えています。先にやる理由が当時なかったのも事実で、形にならないものに時間を割く判断は、発注側だけで下せるものではありません。 決めることが先で、作ることは後 ブランディングは、何かを新しく作ることではありません。すでにあるものを決めて、外に出るものを揃えていく作業です。 決めるところには成果物がないので、飛ばされます。飛ばしても作れますし、作ったものは形になります。ただ、飛ばした分は、あとから作り直しとして出てきます。 自社がどこで詰まっているかは、症状から辿れます。作ったものが揃わないのか、決めたことが使われていないのか、頼む相手が決まらないのか。入口が分かれば、次に読むものが決まります。 そして、決めることには終わりがありますが、揃えることには終わりがありません。会社が動き続けるかぎり、新しく作るものが出てきます。そのたびに、決めたものに合わせるかどうかを判断する。ブランディングという言葉が指しているのは、この続きのほうです。 関連する記事 ブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方 ブランド戦略とは。マーケティング戦略との違いと、事業戦略との関係 企業ブランディングとは。何本の仕事に分かれ、どこから手をつけるか 記事一覧を見る

ブランド戦略とは。マーケティング戦略との違いと、事業戦略との関係

ブランド戦略とは、どこで戦い、誰に何を約束し、どう届けるかを決めたものです。決まっている状態を指す言葉で、文書の名前ではありません。 戦略と呼ぶと、独立した資料を作る作業に見えます。ただ、会社の規模や事業の数によって、そもそも分けて作るべきかどうかが変わります。 この記事では、マーケティング戦略との違いをお伝えします。そのうえで、事業戦略と分けられる会社と、分けられない会社があることを書きます。 ブランド戦略とは何か 決めるのは三つです。どこで戦うか、何を約束するか、どう届けるか。 どこで戦うかは、相手と場面を決めることです。誰の、どの場面に入るのか。全員を相手にすると決めたことになりません。市場のなかで自社が立つ場所を選ぶ作業です。 何を約束するかは、その相手に対して何を保証するかです。速さなのか、手厚さなのか、値段なのか。ここが決まると、選ばれる理由が決まります。 どう届けるかは、その約束をどこで伝えるかです。営業の場、サイト、店頭、資料、採用の場面。触れる場所ごとに約束が食い違わないようにする作業です。 私たちは、この三つが決まっている状態をブランド戦略と呼んでいます。業界に定まった定義があるわけではありません。ただ、相談を受けるときにこの範囲で見ると、話が早く進みます。 戦略という言葉が、資料の名前として使われることがあります。分厚い資料があっても、上の三つが決まっていなければ、決まっていません。逆に資料がなくても、社内で三つが揃っているなら、決まっています。見るのは、文書があるかどうかではありません。 言い換えると、ブランド戦略は成果物ではなく状態です。作ったかどうかではなく、決まっているかどうかで見ます。この見方が、あとの章で効いてきます。 マーケティング戦略との違い 図をタップすると、拡大して見られます 三つとも近い場所にありますが、決めているものが違います。 決めること 時間の幅 ブランド戦略何者として選ばれるか変えない前提で置く マーケティング戦略どう売るか期ごとに見直す ブランディング決めたものを形にする作業続ける この分け方も、私たちの整理です。三つをまとめてブランド戦略と呼ぶ会社もありますし、マーケティング戦略の一部として扱う考え方もあります。どれが正しいという話ではありません。 私たちが分けているのは、変える頻度が違うからです。 マーケティング戦略は、期ごとに見直します。売れ行き、競合の動き、広告の効き方。数字を見て、打ち手を変えます。変えることが前提の計画なので、変えないほうが問題になります。うまくいっていない打ち手を続けるのは、この領域では判断の遅れです。 ブランド戦略は、変えない前提で置きます。何者として選ばれるかが期ごとに変わると、選んだ側から見て別の会社になります。去年と今年で約束が違えば、去年選んだ客は、いま選ぶ理由を失います。変えないと決めたものだから、判断の基準として使えます。 ブランディングは、決めたものを形にする作業です。ロゴ、サイト、資料、店頭、言葉づかい。決まっていないものは形にできないので、この作業は前の二つのあとに来ます。 同じ言葉として「ブランド化戦略」が使われることもあります。指しているものは、たいがいブランド戦略と同じです。商品や事業を、値段以外で選ばれる状態にしていく、という意味で使われます。 混ぜると、判断が止まります。 売上が落ちたとします。このとき考えられることは二つあります。打ち手が効かなくなったのか、それとも約束そのものが古くなったのか。前者ならマーケティング戦略の見直しで、後者ならブランド戦略の見直しです。 分けていないと、この問いが立ちません。売上が落ちたという事実だけがあり、打ち手を変える話に流れます。媒体を変え、価格を試し、キャンペーンを打つ。どれも期の単位で結果が出るので、動いている実感はあります。 そして、何者として選ばれるかは触られないまま残ります。あとから振り返ると、打ち手は変わり続けたのに、会社の輪郭だけがぼやけている。この状態は、分けていなかったことの結果です。 逆に、分けすぎるのも実務では起きます。ブランド戦略を触ってはいけないものとして扱い、事業が変わっても見直さない。次の章で扱うのは、この側の話です。 「4つのブランド戦略」が答える問い 図をタップすると、拡大して見られます 検索すると、四つに分ける整理が出てきます。ライン拡張、ブランド拡張、マルチブランド、新ブランドの四つです。 中身はこうなります。ライン拡張は、いまのブランド名のまま、同じ種類の商品を増やすこと。ブランド拡張は、いまのブランド名で、別の種類の商品に出ること。マルチブランドは、同じ種類の商品に、別のブランド名を付けること。新ブランドは、別の種類の商品に、別のブランド名を付けること。 整理すると、製品とブランドを、それぞれ既存と新規で組み合わせたものです。 いまのブランド名 新しいブランド名 同じ種類の商品ライン拡張マルチブランド 別の種類の商品ブランド拡張新ブランド この整理が答えているのは、「持っているブランドを、新しい商品にどこまで広げるか」という問いです。 使うためには、広げる先の商品と、いま持っているブランドの両方が要ります。複数の商品や複数のブランドを持っている会社が、次の一手を決めるときの枠組みです。 一つの事業に一つのブランドしかない会社では、この四つは選択肢になりません。比べる対象がないからです。ライン拡張も新ブランドも、選ぶ前提が揃っていません。四つを読んでも、自社がどれに当たるかが決まらないのは、当てはまる状況にないためです。 間違った整理ではありません。答えている問いが違うだけです。 この整理が答える問い 持っているブランドを、新しい商品にどこまで広げるか この記事が扱う問い うちのブランド戦略を、どう決めればいいか 会社が育って商品が増えれば、この整理が要る場面は来ます。そのときには使えます。ただ、いま一つの事業をやっている会社が最初に決めることは、この四つのどれでもありません。 ではその会社は何を決めるのか。それが次の章です。 事業戦略と分けられるか 図をタップすると、拡大して見られます 分けられる会社と、分けられない会社があります。事業の数と、ブランドの数で決まります。 複数の事業を持ち、それぞれに別のブランドを立てている会社では、分けられます。事業ごとに相手が違い、約束が違うからです。このとき、全体をどう配置するかを決める仕事が発生します。どのブランドをどこに置くか、どれを伸ばし、どれを畳むか。前章の四つの整理が効くのも、この規模です。 一つの事業に一つのブランドの会社では、事情が変わります。誰に何を約束するかは、その事業が誰に何を売るかと同じです。別の答えにはなりません。 このとき、ブランド戦略を別文書として作ると、二重になります。事業計画に「誰に売るか」が書いてあり、ブランド戦略にも「誰に約束するか」が書いてある。同じことを、違う言葉で二か所に書いた状態です。 二重になった時点では、問題は起きません。作った直後は中身が一致しているので、どちらを見ても同じ答えが出ます。困ることがないので、二重であること自体に気づきません。 問題が出るのは、片方だけが更新されたときです。事業のほうが変わり、計画は書き換えられた。ブランド戦略の資料は前のまま残っている。このとき、どちらが正かを決める人がいません。 決められない理由は単純で、どちらも会社が正式に作ったものだからです。片方を古いと判断するには、両方を並べて見比べる人が要ります。日々の業務のなかで、その作業をする役割は置かれていません。 そして、資料は残ります。作った労力があるので、捨てにくい。現実と合わなくなった資料が、判断の場に出てくるようになります。新しく入った人ほど、書いてあるものを前提として扱います。 分けられない会社にとって、ブランド戦略を決めるとは、事業戦略のなかの「誰に何を約束するか」を、言葉として取り出す作業です。新しく作るのではなく、すでに決まっていることを言語化する。別文書にするのではなく、同じ文書のなかで言い切る。 こう置くと、更新の問題も消えます。事業が変われば、同じ場所で一緒に書き換わるからです。 なお、分けるべきかどうかを最初に判断するのは、引き受けた側の仕事です。「ブランド戦略を作りたい」という相談をそのまま受けて別文書を作れば、二重を作ったのは私たちの側になります。 何を決めることになるか 図をタップすると、拡大して見られます 分けない会社が、実際に決めることを並べます。 決めること 中身 どこで戦うか誰の、どの場面に入るか 何を約束するか選ばれる理由を一言にする 何を約束しないか断る基準 どう届けるか触れる場所と、その順番 どこで戦うかは、相手を絞る作業です。全員に向けると、誰にも向いていない言葉になります。年齢や業種で切るより、どういう場面で困っている人かで切るほうが、実務では使えます。属性は変わりませんが、場面は自社の仕事と直接つながるからです。 何を約束するかは、一言にします。長く書けば正確になりますが、判断の場で思い出せません。この決め方はブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方に書き切っているので、そちらを見てください。手順も、機能しているかの確かめ方も、あちらにあります。 何を約束しないかが、この記事で厚く書く部分です。 約束を決めると、同時に約束しないことが決まります。速さを約束したなら、時間のかかる丁寧さは選べません。手厚さを約束したなら、安さでは戦えません。どちらも取ろうとすると、どちらも約束にならなくなります。 ここを飛ばしても、決めた気にはなれます。約束することだけを並べた文書は、読むと前向きに見えるからです。ただ、判断の場で使えません。何かを選ぶとき、基準が要るのは「やる」側ではなく「やらない」側です。 ここが決まっているかは、断った仕事で分かります。直近で断った案件があり、その理由が約束から説明できるなら、決まっています。断った記録がないなら、まだ基準になっていません。すべてを受けているのは、選ぶ基準を使っていないということです。 どう届けるかは、触れる場所を並べて、順番を決める作業です。サイト、営業資料、店頭、採用の場。全部を同時には整えられないので、どこから直すかを決めます。決め方は、相手が実際に触れる回数が多い順です。作り直したい順ではありません。 理念やMVVがある会社では、それとの関係も整理が要ります。MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方に書いたとおり、MVVは会社が自分について語ったもので、ブランド戦略は相手に対する約束です。向きが違うので、そのままでは繋がりません。並べて置くのではなく、MVVから出てくる約束はどれかを選ぶ形になります。 なお、約束することだけを決めて終わらせないのは、引き受けた側の役割です。約束しないことを一緒に決めるところまでが、決める作業です。 決めた戦略が動かなくなるとき 決めても、判断が変わらないことがあります。 分かりやすいのは、決めた場にいた人だけが覚えている場合です。決める過程には議論があり、なぜそこに落ち着いたかの理由があります。あとから受け取る人には、結論しか渡りません。理由がなければ、応用ができません。書いてある通りの場面しか判断できず、少し違う状況では止まります。 もうひとつは、現場に降りていない場合です。経営の会議では使われているのに、日々の判断では出てこない。見積もりを出すとき、案件を受けるかを決めるとき、採用の合否を決めるとき。そこで使われていないなら、決まっているのは会議室のなかだけです。 降りない理由は、意識の問題ではないことがあります。現場が判断する場面と、決めた言葉の粒度が合っていない。「誰に何を約束するか」は方針の粒度で、目の前の見積もりは案件の粒度です。あいだを埋める言い換えがないと、使いようがありません。 三つめは、事業のほうが先に変わった場合です。売る相手が変わり、主力の商品が変わった。それでも戦略の文書は前のまま残っています。前章で書いた二重の状態が、ここで表に出ます。 いずれも、デザインや資料の出来とは関係のないところで起きます。この構造はリブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないで書いたものと同じです。出てきたものが悪いのではなく、決める工程で何かが足りていません。 動かなくなっていることは、外からは見えません。決めた文書はあり、掲げられてもいます。見るのは、直近の判断でそれが使われたかどうかです。会議で意見が割れたときに持ち出されたか。断る理由として使われたか。使われていないなら、止まっています。 なお、止まっていることに気づいて言うのは、引き受けた側の役割でもあります。納品して離れると、動いているかどうかは分かりません。 どこから手をつけるか 最初に決めるのは、分けるかどうかです。 事業が一つなら、分けません。事業戦略のなかで「誰に何を約束するか」を言い切る形にします。別文書を作らないと決めることが、最初の判断になります。 事業が複数あり、それぞれに別のブランドがあるなら、分けます。全体の配置を決める仕事が要るからです。判断に迷う規模もあります。事業は複数だがブランドは一つ、という状態です。この場合は、ブランドの数に合わせて一つにしておくほうが、運用が続きます。 分けないと決めたら、進め方はリブランディングとは。意味・進め方・費用・判断のタイミングの工程1から3までと同じです。いま外からどう見られているかを確かめ、動かせないものを見つけ、誰に何をどう伝えるかを決める。新しく決めるというより、すでにあるものを取り出す作業になります。 どこから聞くかは、社内から始めます。事業がどう変わってきたか、いま何で選ばれているか、断ってきた仕事は何か。この三つを聞くと、決まっていることと決まっていないことが分かれます。 三つめが効きます。断った理由には、その会社が使っている基準が出るからです。言葉になっていなくても、判断としては存在しています。それを拾えば、ゼロから決める作業にはなりません。 顧客に聞く工程も入ります。選んだ理由を聞くと、社内の想定と違う答えが返ることがあります。速さで選ばれていると思っていたら、断らないことだった。約束は相手に対するものなので、相手が何を受け取っているかを確かめずには決められません。 なお、相談を受けたときに事業のほうを先に聞くのは、引き受けた側の仕事です。ブランド戦略の相談として受けても、事業が変わっている最中なら、先に変わり終えるのを待つほうが早く済みます。 決めるとは、やめることを決めること ブランド戦略は、新しく作る資料ではありません。誰に何を約束するかが決まっている状態を指します。 事業が一つの会社では、それは事業戦略のなかにあります。取り出して言葉にすれば足りるので、別に立てる必要はありません。別に立てると二重になり、片方だけが古くなります。 決めるときに効くのは、約束することよりも、約束しないことのほうです。全員に向けた戦略は、判断の場で何も決めてくれません。断る理由が出てくるところまで絞って、はじめて基準になります。 そして、決まっているかどうかは、資料の厚さでは分かりません。直近の判断で、その約束が使われたかどうかで分かります。 関連する記事 ブランディングとは。何をすることで、どこから手をつけるのか ブランドポジショニングとは。マップは、決めたあとに描く 企業ブランディングとは。何本の仕事に分かれ、どこから手をつけるか 記事一覧を見る

採用ブランディングとは。採用広報との違いと、手をつける順番

採用ブランディングとは、働く場所としての自社が何者かを、候補者に伝わる形にする取り組みです。求人広告の出し方や、採用サイトの作り方のことではありません。 伝える前に、伝える中身が要ります。中身が定まっていないまま発信を増やすと、届く量は増えても、届く内容が人によって変わります。 この記事では、採用広報や採用マーケティングとの違いをお伝えします。そのうえで、何から手をつけるかを書きます。 採用ブランディングとは何か 対象になるのは、候補者だけではありません。その人の周りにいる人も含みます。 転職を考える人は、応募する前に周りに話します。前の職場の同僚、友人、家族。そこで返ってくる「あの会社って、どういうところ?」への答えが、応募するかどうかに効きます。求人ページを見ている人だけを相手にしていると、この経路が抜けます。 もうひとつ、社員も対象に入ります。自社を説明するのは、採用担当だけではないからです。面接に出る現場の社員、知人に声をかける社員、退職して外から話す元社員。会社について語る人の数は、採用担当の人数では収まりません。 そして、社員が話す言葉は用意されたものではありません。求人ページの文章は推敲できますが、飲み会で聞かれたときの答えは推敲できません。推敲できない場面で出てくる言葉のほうが、聞いた側には残ります。 私たちは、採用ブランディングを「働く場所としての自社を定める作業」として捉えています。発信する作業ではありません。定めたものを発信するのは、次の章で分ける別の仕事です。 業界に定まった分け方があるわけではありません。ただ、相談を受けるときにこの位置に置くと、話が早く進みます。 採用広報・採用マーケティングとの違い 図をタップすると、拡大して見られます 三つとも採用のためのものですが、やっていることが違います。 何をするか 相手 効いているかの見え方 採用ブランディング働く場所としての自社を定める候補者と、その周りの人説明が揃う 採用広報定めたものを届ける候補者見られる、読まれる 採用マーケティング母集団を集めて動かす候補者応募が増える この分け方も、私たちの整理です。言葉の使い方は人によって違いますし、三つをまとめて採用ブランディングと呼ぶ会社もあります。どれが正しいという話ではありません。 私たちが分けているのは、三つが並列ではなく順番だからです。 定めていないものは、届けられません。届ける段になって「うちは何を伝えるのか」を考え始めると、そこで初めて定まっていないことに気づきます。そして期日が迫っているので、その場で書ける言葉が採用されます。採用サイトの公開日が決まっていると、この形になります。 届いていないものには、人は動きません。母集団を集める施策は、集めた人に見せる中身があって効きます。中身が薄いまま母集団だけを増やすと、応募は増えても選考の途中で減ります。集めるところまでは数字が伸びるので、うまくいっているように見える期間があります。 逆から見ると、分かりやすくなります。 応募が増えないとき、疑うのは採用マーケティングです。届く範囲の問題なので、媒体や出し方を見ます。 応募はあるのに知られていないと感じるとき、疑うのは採用広報です。中身はあるのに、伝える量や場所が足りていない状態です。 説明する人によって会社の姿が変わるとき、疑うのは採用ブランディングです。この場合、量を増やすと、揃っていない説明が増えます。 三つを混ぜて「採用ブランディングをやろう」と始めると、施策の話から入ります。採用サイトを作る、社員インタビューを載せる、SNSを始める。どれも届ける側の仕事なので、定める工程を飛ばしたまま進みます。 分けておくと、依頼するときにも効きます。同じ「採用ブランディング」という言葉で相談しても、受ける側がどれを想定しているかで、出てくる提案が変わります。媒体の運用を提案する会社もあれば、サイトの制作を提案する会社もある。どれも間違いではなく、扱っている工程が違うだけです。 自社がどの工程で止まっているかを先に決めておくと、提案を比べられます。決めずに相談すると、提案の内容ではなく、提案の見栄えで選ぶことになります。 順番で並べると、どこから手をつけるかも決まります。定める、届ける、集める。この順で見ていくと、自社がどこで止まっているかが分かります。 応募が来ないとき、何を疑うか 先に疑われるのは、たいがい三つです。媒体が合っていないのではないか。給与や条件が見劣りするのではないか。募集要項の書き方が悪いのではないか。 この三つは、実際に原因であることがあります。媒体を変えて応募が増えることはありますし、条件を見直せば届く層が変わります。募集要項の書き方で応募数が動くのも確かです。まず疑う対象として、順当です。 ただ、直しても変わらないことがあります。そのときに次を疑う先が要ります。 分かりやすいのは、応募は来るのに、選考の途中で減る場合です。母集団の問題ではないので、媒体を変えても同じことが起きます。面接を重ねるほど辞退が出るなら、選考の場で何かが伝わっているということになります。 伝わっていないのではなく、伝わっている、というのが要です。候補者は会社について何も分からないまま辞退しているのではありません。会って、話を聞いて、そのうえで判断しています。 もうひとつは、入社後に「思っていたのと違う」と言われる場合です。この場合、選考の場では伝わらなかったものが、入ってから分かったことになります。募集要項に嘘が書いてあったわけではありません。書いてあることと、実際に働く場所の間に、説明されていない幅があります。 三つめは、内定を出しても他社に決まる場合です。条件で負けているなら条件の問題ですが、条件が近いのに選ばれないなら、判断の材料が足りていません。候補者は、条件が並んだときに、条件以外で決めます。 どれも、募集要項の書き方では動きません。書き方の問題ではなく、書く前の中身の問題だからです。 なお、募集要項を直す前に「そこではないかもしれません」と言うのは、相談を受けた側の役割です。直してから変わらなかったと分かるまで、時間がかかります。その時間は、依頼した側が払っています。 社内で言葉が揃っていないと起きること 図をタップすると、拡大して見られます 選考の場で、候補者は複数の社員に会います。人事、現場の責任者、役員。そこで聞く話が食い違うと、候補者は判断できません。 食い違いは、対立として現れません。それぞれが自分の言葉で、自分の見ている範囲を話しているだけです。人事は制度と働き方を、現場は仕事の中身を、役員は会社の方向を話す。どれも本当のことです。 ただ、候補者から見ると、同じ会社の話に聞こえません。「この会社は何を大事にしているのか」への答えが、面接ごとに変わります。そして候補者は、変わったことに気づきます。面接を重ねるほど分かるので、後半で辞退が出ます。 気づいた候補者は、その場では指摘しません。話が違うと感じても、選考の場で確かめる立場にはないからです。理由を告げずに辞退するので、会社側には届きません。辞退の理由として返ってくるのは、たいがい別の会社に決まったという事実だけです。 この判定は、インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方の8章に書いたものと同じです。 ふたつめは、採用の場面です。面接官によって会社の説明が変わらなくなったか。候補者から見て、誰が出てきても同じ会社に見えるかどうかです。 採用の場は、社内で言葉が揃っているかが外に出る場所です。社内の会議なら、説明が違っても業務は進みます。日々の仕事では、それぞれが自分の範囲を分かっていれば足りるからです。候補者は、比べる立場で聞いています。同じ質問を複数の人にして、答えを並べる。社内では起きない聞き方をします。 もうひとつ効くのが、入社後のずれです。選考の場で語られた会社と、入ってから見る会社が違う。この差は、入社後にできたものではありません。選考の時点ですでにあって、それが説明されなかっただけです。 理念やMVVを掲げていても、それが選考の場で使われているかは別です。面接で会社を説明するときに、掲げた言葉が出てくるか。出てこないなら、その言葉は判断にも説明にも使われていません。この見方はMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方にも書いています。 手をつける順番 図をタップすると、拡大して見られます 採用ブランディングを始める前に、確かめることがあります。 順 やること 確かめ方 一社内で言葉が揃っているか見る面接に出る社員に、個別に同じ質問をする 二揃っていなければ、先に揃える社内に向けた作業になる 三候補者に何を約束するかを決める誰に何を約束するかを一文にする 四伝える場をつくる採用サイト、資料、面接の設計 最初の工程は、その日にできます。面接に出る社員を何人か選んで、別々に同じことを聞きます。「うちは、どういう人にとって良い会社ですか」。会議で聞かず、個別に聞くのが要です。同じ場で聞くと、先に話した人に寄ります。 聞く相手は、役員だけにしないほうが分かります。役員の答えは揃っていることが多いのですが、候補者が会うのは役員だけではありません。現場の面接官まで含めて聞いて、初めて実態が出ます。 返ってきた答えが揃っていれば、二つめの工程は要りません。すでにある言葉を使えばよいので、そのまま次へ進めます。揃っていなければ、そこが出発点になります。 二つめは、社内に向けた作業です。候補者に見せる前に、社内で使われる言葉にします。この工程の進め方はインナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方にまとめてあります。採用のためだけにやる作業ではないので、採用の予算と切り離して考えたほうが進みます。期の途中で始めにくいなら、そこが理由です。 三つめで、候補者に何を約束するかを決めます。全員にとって良い会社にはなりません。誰にとって良い会社かを決めると、同時に、合わない人が決まります。そこを曖昧にすると、選考の途中で判断する材料が誰にもなくなります。決め方はブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方と同じ手順です。 四つめが、採用サイトや資料を作る段です。次の章で扱います。 順番を飛ばすと、どこで止まるかも決まっています。最初の工程を飛ばせば、揃っていないまま発信することになります。三つめを飛ばせば、作る段で「誰に向けるか」が決まらず、制作が止まります。写真を選ぶ場面や、載せる社員を決める場面で、判断の基準がないことに気づきます。 なお、この順番を最初に示すのは、引き受けた側の役割です。採用サイトの相談として受けたときに、その手前を確かめずに制作へ入るなら、順番を飛ばしたのは私たちの側です。 採用サイトや動画は、いつ作るのか 揃ったあとです。作ること自体は必要ですが、時期があります。 揃う前に作ると、作った時点の言葉が固定されます。サイトは公開すると直しにくく、パンフレットは刷ると直せません。まだ定まっていない言葉が、直しにくい形で外に出ます。 そして、いちど公開したものは基準として扱われます。次に何かを作るとき、前に作ったものに合わせることになります。定まる前に作ったものが、あとから基準になる。この順序が、あとで効いてきます。 社員が登場する媒体は、揃っていないことが表に出やすくなります。インタビュー記事も、動画も、複数の社員が話します。それぞれが自分の言葉で話すので、揃っていなければそのまま並びます。読む側は並べて読むので、違いが分かります。 撮ってから気づくと、撮り直しになります。私たちも撮影をしているので、この手戻りは実際に起きます。話す内容を先に揃えておけば、当日は話し方だけを見ればよくなります。撮影は日程を押さえる仕事なので、撮り直しの費用は撮影費だけでは済みません。 作ったあとの運用も、先に決めておく必要があります。誰が更新するのか、社員が入れ替わったときにどうするのか。この考え方はブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのかに書いたものと同じです。作って終わりにすると、古い情報が残り続けます。載っている社員が辞めたあとも、その人が語る会社が残ります。 もっとも、いつ作るのが良いかを判断するのは、作る側の仕事です。「まだ早いです」と言えるかどうかで、受け取る側の信用は変わります。相談を受けた時点で作る前提になっていても、手前の工程が済んでいなければ、そこから話すのが筋です。 効果の見方 図をタップすると、拡大して見られます 応募数は、ここに置きません。応募数は2章で分けた採用マーケティングの指標です。混ぜると、2章の分け方が意味を失います。 見るのは四つです。 面接官の説明が揃っているか。最初の工程で聞いたことを、もう一度聞きます。前と比べて、返ってくる答えの重なりが増えているかを見ます。一言一句が同じである必要はありません。同じことを指しているかどうかです。むしろ全員が同じ文を言う状態は、渡された言葉を読んでいるだけかもしれません。 候補者からの質問が変わったか。会社の説明が揃ってくると、質問の中身が動きます。条件や制度の確認から、仕事の進め方や判断のしかたへ。候補者が、比べる段階から確かめる段階に移ったということです。質問が具体的になるのは、応募先として真剣に見ている証拠でもあります。 辞退の理由が変わったか。選考の途中で辞退が出るのは、避けられません。ただ、理由が「話が食い違っていて分からなかった」から「合わないと分かった」に変わっているなら、伝わった結果として辞退しています。それは失敗ではありません。合わない人が早く抜けるほど、選考にかける時間は短くなります。 入社した人が「聞いていた通り」と言うか。入社後に確かめられます。ここが揃っていれば、選考の場で伝わっていたことになります。逆に、入社後の早い時期に辞める人が続くなら、選考の場で伝わっていなかったものがあります。 四つとも、数字では出ません。聞けば分かることばかりです。定期的に見るなら、面接に出る社員に聞く形が続けやすくなります。 なお、何を見れば効いたと分かるのかを、最初に決めて渡すのは引き受けた側の仕事です。測り方を決めずに始めると、終わったかどうかも分からないまま続きます。 揃えてから、伝える 採用で伝わらないとき、原因は伝え方にあることも、伝える中身にあることもあります。媒体や書き方を直しても変わらないなら、後者です。 社内で言葉が揃っていない状態は、外からは見えません。見えるのは、応募が来ないことや、辞退が出ることだけです。そこから遡って、選考の場で何が起きているかを見に行く必要があります。 見に行く方法は、この記事の5章に書いたとおりです。面接に出る社員に、個別に同じことを聞く。それだけで、どちらの問題かは分かります。 順番としては、揃えるほうが先にあります。揃っていれば、伝える手段は選べます。揃っていなければ、どの手段を選んでも、揃っていないことが伝わります。 関連する記事 インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方 企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断 コーポレートサイトのリニューアル。作り直す前に、何が変わったかを見る 記事一覧を見る

パーパス経営とは。「意味がない」と言われる理由と、中小企業での使いどころ

パーパスとは、その会社がなぜ存在するのかを指します。社会に対する存在理由です。パーパス経営とは、その存在理由を軸に経営の判断を行うことを言います。掲げるだけでなく、何を選び何を選ばないかの基準として使うところまでを含みます。 この記事では、「意味がない」と言われる理由から入ります。そのうえで、大企業の型が中小企業に合わない理由と、それでも効く場面を書きます。 パーパス経営とは何か 図をタップすると、拡大して見られます 「経営」がついていることに、意味があります。 パーパスを決めるだけなら、言葉を作る作業です。社会に対して自社がなぜ存在するのかを、一文にする。ここまでは、掲げるところで終わります。 「経営」がつくと、範囲が変わります。投資をどこに置くか、どの事業をやめるか、誰を採るか。その言葉で説明がつく状態までを指します。 つまり、掲げた時点では、まだパーパス経営になっていません。言葉ができた日と、経営が変わる日は別です。 言葉の出来で判定できないところが、この語の扱いにくさだと思います。整った一文でも、誰も参照しなければ経営の話にはなりません。逆に、ぎこちない言い回しでも、断る理由として持ち出されているなら機能しています。 もう一つ、区別しておくと扱いやすくなります。パーパスを策定することと、パーパス経営をすることは別です。 策定は、期間の決まったプロジェクトです。材料を集めて、書いて、決める。終わりがあります。経営のほうは終わりません。決めた言葉を判断に当て続ける作業なので、来期も再来期も続きます。策定の話をしているのか、経営の話をしているのか。ここが混ざると、見積もりも工数も噛み合いません。 私たちは、掲げた言葉が判断に使われている状態を指して、こう呼んでいます。業界で決まった線引きがあるわけではないので、読むときは自社での使い方に置き換えてください。 企業理念・MVVとの関係 パーパスは「なぜ存在するのか」を指します。ミッション(何を果たすのか)と近い位置にありますが、同じではありません。ミッションは会社が引き受ける役割で、パーパスはその手前にある理由です。 企業理念は総称です。何を含むかは会社によって違い、パーパスにあたるものを含んでいることもあれば、含んでいないこともあります。自社の企業理念がどちらなのかは、書かれているものを見ないと分かりません。 見分け方は単純です。掲げてある文のなかに、「何のために存在するのか」に答えている一文があるか。あるなら、それがパーパスにあたります。無いなら、含まれていません。パーパスを新しく掲げるかどうかの判断は、ここから始まります。 この整理は、企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断と、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方に書きました。経営理念・社是・クレドとの呼び分けや、ミッション・ビジョン・バリューの違いは、そちらを見てください。 この記事で扱うのは、整理そのものではありません。整理されていない会社がパーパスを掲げると何が起きるか、のほうです。次の章がそれにあたります。 パーパス経営のメリットとデメリット 先に、全体を並べておきます。 得られるもの(メリット)は、判断が分かれる場面で出てきます。 事業を広げるかどうかを決めるときの基準になる 条件は悪くないが、うちがやる理由がない、という断り方ができる 採用で、規模や待遇ではないところで選ばれる理由になる 事業承継で、なぜこの会社を続けるのかを引き継げる 組む相手を選ぶ基準になる 起きやすいこと(デメリット)は、掲げ方から生まれます。 すでにある理念に、言葉が足されるだけになる ビジョン・バリューと矛盾したまま並ぶ 外向きの言葉として作られ、社内の判断に降りてこない メリットは、判断が分かれない会社では出てきません。デメリットは、掲げる前に決めておくことで避けられます。どちらも、このあとの章で一つずつ書きます。 「意味がない」と言われる理由 図をタップすると、拡大して見られます パーパス経営については、意味がないという言い方も見かけます。 否定しません。そう見える状態が実際にあるからです。ただ、パーパスという考え方そのものに問題があって起きているというより、掲げ方のほうで起きている場合があります。 私たちが相談を受けるなかで見かけるのは、次のような経路です。 言葉が増えただけになる すでに企業理念がある会社が、パーパスを別に掲げる。この形です。 古いほうは消えません。額は掛かったまま、新しい言葉が増えます。社内には言葉が二つ残ることになります。 そうなると、どちらを参照するかで人が分かれます。前の理念で判断してきた人は前のほうを使い、あとから入った人は新しいほうを使う。判断の基準が二系統になるので、掲げる前より揃わなくなります。 新しく掲げたことで状態が悪くなる経路が、ここにあります。足す前に、すでにある言葉との関係を決めていないと、この形に入ります。 足すこと自体が問題なのではありません。関係を決めていれば、二つあっても働きます。上に置くのか、並べるのか、片方を畳むのか。決めないまま両方が残ることが問題です。 ビジョン・バリューと矛盾したまま並ぶ パーパスは社会に対する存在理由なので、書くと視野が広くなります。一方、ビジョンには期限があり、バリューは日々の判断に使われます。 三つが並ぶと、ぶつかる場面が出ます。社会に対して掲げたことと、今期の到達点が、同じ方向を向いていないことがあります。 ぶつかること自体は問題ではありません。問題は、どれを優先するかを決めていないことのほうです。決めていなければ、その場にいる人の立場で決まります。そして、決まらない状態が続くと、社員はどれも参照しなくなります。参照しても答えが出ないからです。 この状態を外から見ると、掲げてあるだけの言葉が増えた、という形に見えます。 外向きの言葉として作られる これはパーパスに特有です。 社会に対する存在理由なので、社外に向けて書く力が働きます。統合報告書、採用サイト、企業のメッセージ広告。先に外へ出て、社内の判断には降りてこない、ということが起きます。 社員から見ると、自分の仕事と接続しない言葉が増えた状態になります。外向けの発信では見かけるが、目の前の判断には使えない。「意味がない」という言い方は、この位置から出てきます。 外側の見え方を先に整えても、判断の仕方が変わらなければ元に戻ります。リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないで書いた構造が、ここにも当てはまります。 そして、この状態をつくっているのは掲げた側だけではありません。掲げること自体を成果物にした提案が、この形を後押ししている面があります。策定して納品するところまでを仕事の範囲にしているなら、そのあと使われるかどうかは発注側の努力の問題になります。 大企業の型が合わない理由 図をタップすると、拡大して見られます 大企業の事例は、探せば出てきます。何を掲げているかを知るには、あの形が早いと思います。ただ、自社で決める段になると、そのまま当てはまらないことがあります。 書いてあることが間違っているからではありません。前提の条件が違うからです。 大企業でパーパスが要るのは、事業が複数あり、判断する人が離れた場所にいて、株主や投資家に対して説明する必要があるからです。統合報告書やESGの文脈で、外向きに説明する場が先にあります。掲げた言葉は、その場で使われます。 中小企業には、その必要が同じ形では来ません。説明する相手が違いますし、外向きに説明する場が先にあるわけでもありません。 そのため、大企業の型をそのまま持ってくると、外向きの言葉だけができます。使う場が用意されていないので、掲げたところで止まります。前の章の三つめが、この経路で起きます。 条件の違いは、ほかにもあります。大企業は判断する人と経営の距離が遠いので、言葉を介して基準を渡す必要があります。中小企業は距離が近いので、言葉がなくても基準が伝わっている場合があります。言葉が要る理由そのものが違います。 時間の条件も違います。大企業では、掲げてから社内に行き渡るまでに段階が要ります。部門があり、階層があり、伝える経路が長い。だから浸透のための施策が組まれます。中小企業では、その距離が短い代わりに、掲げた言葉が使われていないことがすぐ見えます。ごまかしが効かない、とも言えます。 お金の出どころも違います。大企業は投資家から預かった資金で事業をしているので、何のためにその事業をやるのかを外に説明する義務があります。オーナーが資本を持っている会社では、説明する相手が社内と取引先になります。説明する相手が違えば、言葉の書き方も、置く場所も変わります。 大企業向けの進め方をそのまま中小企業に持ち込んでいるなら、条件の違いを見ていないのは提案する側です。規模が違えば、工数を減らせば済むという話にはなりません。 中小企業でパーパスが効く場面 図をタップすると、拡大して見られます 要る会社と、要らない会社があります。効く場面のほうから挙げます。 一つめは、事業を広げるかどうかを決めるときです。声のかかった案件を受けるか、新しい領域に出るか。ミッション(何を果たすのか)で判断がつくなら、それで足ります。つかない場面が出てきたときに、その手前の理由が要ります。なぜこの会社がそれをやるのか。ここに答えがないと、条件のいい話から順に受けることになります。 断る理由としても使えます。条件は悪くないが、うちがやる理由がない。この言い方ができるかどうかで、事業の輪郭が決まります。 二つめは、採用のときです。規模でも待遇でも大企業と並べません。並べないところで選ばれる理由は、事業内容の外にあります。何のためにやっている会社なのかが、その理由になることがあります。 三つめは、事業承継のときです。引き継ぐ側にとって、なぜこの会社を続けるのかは避けて通れません。前の代から引き継いだ言葉をどう扱うかは企業理念の記事に書きましたが、こちらは続ける理由そのものの話です。 四つめは、取引先を選ぶときです。中小企業は取引が少数に集中しやすく、誰と組むかが会社の性格をつくります。条件だけで選んでいくと、気づいたときには自社の説明が取引先の説明になっていることがあります。何のためにやっている会社なのかがあると、組む相手を選ぶ基準になります。 どの場面にも共通しているのは、判断が分かれるところだということです。分かれないなら、いま要りません。事業が一つで、判断する人が数人で、迷っていない。この状態なら、バリュー(何を選ぶのか)が共有されていれば日々は進みます。 創業から間もない時期も、急いで決める場面ではありません。何のためにやるのかは、やってみた結果から出てくる部分があります。断った案件も引き受けた案件もまだ少ないうちは、集める材料そのものが足りません。 そして、中小企業のほうが有利な点があります。判断する人が近いので、掲げた言葉が判断に降りるまでの距離が短い。大企業で起きる「外向きだけになる」が、起きにくい構造です。掲げた言葉を、次の週の判断で使えます。 パーパス経営の進め方:掲げる前に決めること 図をタップすると、拡大して見られます すでにある言葉との関係を、先に決めます。 足すのか、置き換えるのか、上のほうに置くのか。ここを決めないまま掲げると、言葉が二つ残る形に入ります。 足すなら、ぶつかったときにどちらを見るかも同時に決めます。決めていなければ、矛盾したまま並ぶ形に入ります。 決める前に、いま社内で使われている言葉を確かめます。企業理念があるか、ビジョンやバリューがあるか、それぞれ判断に使われているか。使われていないものが混ざっているなら、パーパスを足す前にそちらを片付けるほうが先です。言葉の数を増やしても、使われる数は増えません。 社外に出す時期も決めます。社内で使われる前に外へ出すと、外向きの言葉として固まります。先に社内で使ってみて、判断に使える形かを確かめてから出す。順番を変えるだけで避けられます。 そして、どの判断で使うかを、決める時点で一つ挙げておきます。次の投資判断でも、次の採用でもかまいません。使う場面が決まっていないと、掲げたところで作業が終わります。 どこまで大きく書くかも、先に決めます。 パーパスは社会に対する存在理由なので、書き始めると範囲が広がります。地球規模の課題、産業全体の未来。書けますが、自分の仕事と接続しない言葉になります。明日の判断に使えない大きさで書くと、掲げたところで止まります。 等身大の範囲で書くほうが、判断に使えます。自社が実際に触れている相手、実際に動かしている領域。そこから外に出ない範囲で書く。小さく見えても、使われる言葉のほうが経営に入ります。 集めるものもあります。これまで断ってきた案件、条件が良くても受けなかったもの、逆に条件が悪くても引き受けたもの。そこに、なぜこの会社が存在しているのかが出ています。白紙から社会的な意義を考えると、どこの会社でも書ける文になります。 掲げたあとに何を見るか 図をタップすると、拡大して見られます 数値目標は置きません。見るのは、判断のほうです。 一つめは、断った案件の理由です。受けた案件ではなく、断ったほうを見ます。受けた理由は後からでも言えますが、断る場面では基準が要ります。そこにその言葉が出てくるなら、使われています。 二つめは、予算や人の配分を変えたときです。なぜそちらに寄せたのかを、その言葉で説明できるか。説明が別の理由になっているなら、掲げた言葉は判断に入っていません。 三つめは、社内から質問が出るかどうかです。掲げた言葉について「これはこういう意味ですか」と聞かれるようになったら、読まれています。自分の仕事に当てはめようとした人が、当てはまらない箇所に気づいて聞いてくるからです。誰も聞いてこないなら、読まれていないか、読んでも自分には関係ないと判断されています。 質問が出ないことを、行き渡った証拠と取り違えないでください。反応がない状態と、揃っている状態は、外から見た形が似ています。 見る間隔も決めておきます。掲げた直後は変わりません。変わるのは、次に大きな判断が来たときです。判断の頻度が低い会社なら、半期に一度の確認でも足ります。 どれも、聞けば分かります。掲げた言葉が経営に入っているかどうかは、外に出した回数では測れません。 社内で使われる状態をつくる作業は、ここから先になります。インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方に、進め方と、何を見れば効いたと分かるのかを書いています。 掲げないという選択もある 掲げないという判断も、選択肢に入ります。 事業が一つで、判断する人が数人で、迷っていないなら、いま決める必要はありません。掲げていないことと、考えていないことは別です。日々の判断に基準があるなら、それが言葉になっていないだけです。 必要になるのは、判断が分かれ始めたときです。同じ話に別々の答えが出るようになったら、そこが合図になります。 合図は、社外から来ることもあります。何の会社ですかと聞かれる場面が増えてきたなら、外から見た輪郭がぼやけています。事業が増えたときや、看板の商品が変わったときに起きます。 いま要らないと判断したなら、そう伝えるのが引き受ける側の仕事です。要るかどうかを判定せずに進めるほうが、作る量は増えます。私たちも、相談を受けてそう見えたときは、そうお伝えしています。 掲げると決めたなら、作業の重心は言葉を考えるところにはありません。すでにある言葉との関係と、使う場所を決めるところにあります。そう思っておくと、進み方が変わります。 関連する記事 企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断 MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方 理念浸透とは。「浸透しない」の中身を分けて、打ち手を決める 記事一覧を見る

コーポレートサイトのリニューアル。作り直す前に、何が変わったかを見る

作り直す前に、何が変わったか サイトを作り直すかどうかは、見た目が古くなったかどうかでは決まりません。会社の側で何が変わったかで決まります。事業や伝えたい相手が変わったなら作り直す。変わっていないなら、載っている情報を新しくするだけで足ります。この見分けがついていないまま制作会社を探すと、何を作るかが決まりません。 ご相談は「そろそろ古くなってきた」「ホームページを新しくしたい」という形で始まります。動機としては自然なものです。他社のサイトを見て、自分たちのものが見劣りすると感じる。更新が止まっていて、載っている情報が実態と合っていない。どれも、作り直しを考える理由になります。 きっかけになる場面も、だいたい似ています。採用を強めたい。営業で見せるものとしてサイトを使いたい。取引先や金融機関に見られる機会が増えた。社名やロゴを変えたので、そこに合わせたい。いずれも、外からの見られ方が変わる場面です。 ただ、そこから「作り直して何を実現したいのか」までは、その場で答えが出ないこともあります。起点が「見え方を良くしたい」という要望であることが多いためだと考えられます。 この記事では金額を書きません。制作会社の名前も出しません。書くのは、作り直すかどうかをどう見分けるかと、作り直すと決めたときに社内から出さなければならないものです。後者が、日程を左右します。 更新で足りるか、作り直すか 図をタップすると、拡大して見られます 更新と作り直しの違いは、手を入れる範囲ではありません。中身が変わったかどうかです。 更新 作り直し 変えるもの載っている情報構造と、何を載せるかの決め方 向いている状況中身は同じで、情報が古い事業や、伝えたい相手が変わった 社内で要るもの差し替える文章と写真中身を決め直す時間 事業が変わっていないのに作り直すと、同じ内容が新しい見た目で並びます。会社の説明も、事業の紹介も、書かれていることは前と同じ。変わったのは配置と色だけ、という状態です。それでも見た目は新しくなるので、しばらくは満足します。ただ、問い合わせの数や、採用の応募が動く理由にはなりません。 「作り直したのに、前と変わらなかった」という話は、この見分けを飛ばしたときに起きます。手を入れる範囲を先に決めて、載せる中身は今あるものをそのまま移す。すると、出来上がるのは同じ内容の新しい版です。作業としては終わっていますが、変えたかったものは変わっていません。 一方で、中身が変わっているなら、更新では追いつきません。事業が増えた、扱う相手が変わった、会社を分けた。こうした変化は、ページを1枚足して済む話ではなく、何をどの順で見せるかから決め直すことになります。既存のページに書き足していくと、会社の説明がどこにあるのか分からない状態になります。 道具としての不具合は、これとは別に扱います。スマートフォンで見づらい、社内で更新できない、表示が崩れる。これらは中身の話ではなく、作られた時期の話です。中身が変わっていなくても、道具として使えないなら作り直す理由になります。この場合、載せるものは今のまま移してよく、決め直す時間は要りません。 どちらなのかを言うのは、依頼する側の宿題ではありません。話を聞いた時点で、更新で足りるならそう言うのが、相談を受けた側の仕事です。作り直しを前提に話が進むなら、なぜ作り直しなのかを説明してもらってください。 作り直しても変わらないもの 図をタップすると、拡大して見られます 作り直すと解決する問題と、作り直しても残る問題があります。この2つを分けておくと、どこまでを作り直しに期待してよいかが決まります。 作り直すと変わるのは、見つけやすさと、伝わる順番です。探している情報にたどり着けない、事業の説明が分かりにくい、問い合わせのボタンが見当たらない。こうしたものは、構造を作り直せば改善します。 残るのは、何をしている会社なのかが定まっていない、という状態です。社内で説明が揃っていないと、サイトに書く文章も揃いません。書く人によって違うことが書かれ、読む側は結局よく分からない。これは配置の問題ではないので、作り直しても同じことが起きます。 価格で比べられる、採用で選ばれない、といった課題も同じ性質を持ちます。サイトが原因の一部であることはありますが、原因の全部ではありません。作り直して効く部分と、効かない部分があります。 もう一段、手前まで戻ります。サイトを見て問い合わせるかどうかを決める人は、そこに書いてあることを読んで判断します。書いてあることが変わらなければ、読んだあとの判断も変わりません。作り直しで変えられるのは、読んでもらえるところまでです。 同じ構造は、リブランディングでも起きます(リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くない)。手を入れる対象がロゴでもサイトでも、見た目の手前で決まっていないことは、見た目を変えても決まりません。 だからといって、決まるまで待つ必要はありません。作り直す過程で決めることもできます。ただし、それには時間がかかります。日程を引くときに、その時間が入っているかどうかで、進み方が変わります。 中身は社内にしかない 図をタップすると、拡大して見られます サイトを作り直すとき、制作会社が作れないものがあります。載せる中身です。 業界に定まった分け方があるわけではありません。私たちは、こう分けて考えています。 どちらが用意するか 構造と設計制作会社 デザイン制作会社 実装と公開制作会社 会社と事業の説明社内 実績・事例と、その掲載の許可社内 社員と職場の写真社内で手配 会社の数字(設立、拠点、規模)社内 採用の情報社内 問い合わせが来たあとの対応社内 制作会社が作れるのは、入れ物と見せ方です。文章を整えたり、写真を撮ったりする部分は引き受けられますが、元になる事実と、何を載せると決める判断は、社内から出ます。 とくに時間がかかるのは、許可が要るものです。実績を載せるなら、取引先に確認します。社員の顔を出すなら、本人の了解が要ります。断られることもあり、そのときは別の見せ方を考え直すことになります。この往復は、制作の進み具合とは関係なく発生します。 数字も、思ったより手間がかかります。設立年や拠点は分かりますが、社員数をどの時点のものにするか、関連会社を含めるか、といった判断が入ります。決める人を確かめているうちに時間が過ぎます。 「文章は制作会社に書いてもらう」という進め方もあります。取材を受けて、それをもとに書いてもらう形です。手間は減りますが、なくなるわけではありません。取材の時間を取ること、上がってきた原稿を読んで直すこと、事実の間違いを見つけること。書く作業は外に出せますが、正しいかどうかを判断する作業は社内に残ります。 誰が答えるかも決まっていないと、取材が進みません。事業の説明は社長が話せても、現場の仕事の中身は担当者しか知らない、ということが起きます。誰に何を聞くかを整理してから始めると、往復が減ります。 そして、何を載せるかを決めるには、その手前が決まっている必要があります。誰に何を約束する会社なのかです。ここが言葉になっていないと、載せるものを選ぶ基準がありません(ブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方)。 なお、社内にしかないものを引き出すのは、依頼する側が自力でやることではありません。何を聞けば出てくるかを設計して、聞きにいくのが引き受けた側の仕事です。「材料をください」と待つだけなら、材料は出てきません。 止まるのは原稿と写真 制作が止まる場面は、デザインを決めたあとに来ます。 構造が決まり、見た目が決まると、次は中身を流し込む工程になります。ここで、入れる文章が出てきません。誰が書くかが決まっていない。書いた人と、決める人が違う。決める人が忙しくて確認が返ってこない。作業そのものは短くても、往復が入ると日程が延びます。 写真は、撮る日を決めるところから始まります。社員を集める日程、場所の準備、着るものの相談。撮ったあとに選ぶ工程もあります。制作の日程表には「写真」と1行で書かれますが、中身は複数の段取りです。 文章の作り方は、社内で書く、取材を受けて書いてもらう、いま載っているものを直して使う、のどれかになります。どれを選ぶかで、社内にかかる手間が変わります。いま載っているものを使う場合が軽く見えますが、書かれている内容が古ければ、直す作業は新しく書くのと変わりません。 過去の実績や事例も、集めるのに時間がかかります。どの案件を載せるか、写真は残っているか、先方の許可は取れるか。社内の別の部署に頼むことになれば、そちらの都合も入ります。 防ぎ方は、誰がいつまでに何を出すかを、制作の日程と一緒に決めておくことです。構造が決まってから考え始めると、その時点から往復が始まります。 もっとも、この段取りを依頼する側が組み立てるものではありません。何がいつ必要かを、着手の時点で一覧にして渡すのが、引き受けた側の仕事です。必要になった順に頼まれる進め方だと、社内で予定を立てられません。 進め方は、中身の準備から 図をタップすると、拡大して見られます 工程そのものは、探せば出てきます。ここで書くのは、中身の準備を工程のどこに置くかです。 制作会社を探す前にできることがあります。何が変わったかの整理と、いま載っているものの棚卸しです。前者は2章の見分けで、後者は今のサイトのページを一覧にして、残すもの、直すもの、消すものに分ける作業です。この2つは、相手が決まっていなくても社内だけで進みます。そして、これがあると見積もりの前提が揃います。 棚卸しのやり方は単純です。いまのサイトのページを一覧にして、それぞれに「残す」「直す」「消す」を付けます。付けられないページが出てきたら、そこは判断する材料が足りないところです。誰かに聞けば決まるのか、方針から決め直すのかを分けておきます。 探し始めてからでも間に合うものもあります。写真、細かい文章、採用ページの内容。これらは構造が決まってから作るほうが無駄になりません。先に全部そろえようとすると、使わないものまで作ることになります。 工程の中身そのものは、リブランディングの記事に詳しく書いています(リブランディングとは。意味・進め方・費用・判断のタイミング)。サイトの作り直しでも、決める順番は同じです。 依頼先をどう選ぶかは、この記事の範囲を超えます。会社の型から選ぶ話はブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方に書いています。 社内の体制も、この段階で決めます。窓口を誰にするか、決める人が誰か、確認にどれだけ時間を見るか。窓口が複数いると、制作側に届く指示が食い違います。決める人が打ち合わせに出ていないと、持ち帰って伝えることになり、そのあいだに意図が薄まります。 そして、中身の準備を工程に組み込んで日程を引くのは、依頼する側の役目ではありません。進行を預かる側が、社内の作業も含めた日程を出すところまでが仕事です。制作側の工程だけが書かれた日程表は、実際には守れません。 いまのサイトの蓄積をどう扱うか 図をタップすると、拡大して見られます いま動いているサイトには、これまでの蓄積があります。作り直すときに、そこをどう扱うかを決めておきます。 ドメインは引き継げます。変える理由がなければ、そのまま使うのが素直です。社名が変わった、別の名前で事業を始める、といった事情があるときだけ、変更を検討します。 気をつけるのは、ページの住所です。作り直すと、各ページのURLが変わることがあります。変わると、これまでそのページに来ていた入口が切れることがあります。検索から来ていたページ、他社のサイトから紹介されていたページ、社内の資料に書いてあるページ。どれも、住所が変わると届かなくなります。 だから、作り直す前に把握しておく項目があります。いまどのページが見られているか。どこから来ているか。外部から紹介されているページはあるか。これが分かっていれば、住所を変えないという判断も、変えたうえで転送するという判断もできます。分からないまま作り直すと、切れたことにも気づきません。 記録が残っていない場合もあります。計測の仕組みを入れていない、担当者が変わって見方が分からない、といった状態です。そのときは、いまから記録を取り始めるという選択もあります。作り直しの検討には時間がかかるので、そのあいだの分だけでも材料になります。 過去のお知らせや実績も、消すか残すかを決めます。古い情報が残っているのは良くないと考えて、まとめて消すことがあります。ただ、そのページが読まれていたなら、消した分だけ入口が減ります。古いかどうかと、読まれているかどうかは別です。 具体的な設定の方法は、この記事では扱いません。制作会社が引き受ける作業です。書いておきたいのは、確かめておく項目があるということと、それを作り直したあとに確かめるのでは遅いということです。 そして、いまのサイトのどこが見られているかを調べて示すのは、依頼する側が用意するものではありません。作り直す前にそれを出すのが、引き受けた側の仕事です。調べずに作り直せば、何が失われたかを誰も測れません。 何が変わったかから始める サイトを作り直すかどうかは、見た目ではなく、会社の側で何が変わったかで決まります。 中身が変わっていないなら、載っている情報を新しくするだけで足ります。道具として使えなくなっているなら、中身はそのままで作り直します。事業や伝えたい相手が変わったなら、何を載せるかから決め直します。 そして、決め直すことになったとき、その中身を出せるのは社内だけです。制作会社が作れるのは入れ物と見せ方で、そこに入るものは会社の中にしかありません。日程が延びるとすれば、そこが理由になります。 作り直すと決めたあとに社内でやることは、この記事に書いたとおり先に見えています。見えていれば、日程に入れられます。 決まっていないなら、決めるところから一緒にやってくれる相手を選ぶ。それも、ひとつの選び方です。 関連する記事 企業ブランディングとは。何本の仕事に分かれ、どこから手をつけるか ブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのか ブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方 記事一覧を見る

ロゴ制作の依頼。何が納品されるかで、見積もりは変わる

「ロゴを1つ」では頼めない ロゴ制作を依頼するとき、先に決めておくとよいのは金額ではありません。何が納品されるか、です。ロゴは1点の絵ではなく、置く場所ごとに形が要ります。縦組みと横組み、1色で刷るとき、小さく使うとき。どこまで作ってもらうかが決まっていなければ、見積もりを並べても比べられません。 頼む相手を見つけるだけなら、いまは早く済みます。デザイナーを探せる場も、制作会社の一覧も揃っています。相手を見つける段で困ることは、以前より少なくなりました。 詰まるのは、その次です。見積もりが並んだとき、金額の差が何の差なのか分からない。安いほうは何かが足りない気がするけれど、何が足りないのかを言えない。その状態で選ぶと、あとから足りないものが出てきます。 金額そのものを調べても、この問いは解けません。同じ「ロゴ制作」という名前で、中身の違うものが売られているためです。中身が違うものの値段を並べても、高いか安いかは決まりません。 この記事では金額を書きません。他社の名前も出しません。書くのは、ロゴを頼むときに何が納品の対象になるのかと、それを決めておくと何が変わるかです。読み終えたときに、手元の見積もりを見る目が変わっていれば足ります。 ロゴだけで足りるかどうか 図をタップすると、拡大して見られます ロゴだけを頼んで済む場合と、その手前に決めることが残っている場合があります。どちらなのかは、依頼する前に自分で見分けられます。 ロゴだけで足りるのは、使い道がはっきりしているときです。社名が変わったので新しい名前の形が要る。展示会に間に合わせたい。名刺と看板を作り直すことが決まっている。こういうときは、作るものが具体的で、判断の基準も社内にあります。迷わず進みます。 足りないことがあるのは、ロゴを変えれば何かが動くと期待しているときです。問い合わせが減った、採用で選ばれない、値段で比べられる。こうした課題の答えがロゴだとは限りません。ロゴを新しくしても、伝える中身が決まっていなければ、見た目が変わっただけで終わります。 もうひとつ、事業の説明が社内で揃っていない場合があります。何をしている会社なのかを、役員と現場で違うふうに説明している。この状態でロゴを作ると、案を見ても判断できません。何を表すべきかが定まっていないからです。 見分け方は簡単で、「なぜいま作るのか」を一文で言えるかどうかです。言えるなら、ロゴだけの依頼で進みます。言えないなら、そこを決める時間を先に取ったほうが、結果として早く終わります。 私たちがこの考え方をどう持っているかは、別の記事に書いています(なぜ私たちは、ブランディングも空間も映像も分けないのか)。そこにも書いたとおり、期限や事情があるときは、その部分だけを引き受けることもあります。そのときも、それが全体のどこに当たるものかだけは共有させてください。あとから辻褄を合わせるほうが、手間が増えるためです。 なお、どちらなのかを見立てて伝えるのは、依頼する側の宿題ではありません。話を聞いた時点で、ロゴだけで足りるかどうかを言うのは、引き受ける側の仕事です。 納品されるものは1点ではない 図をタップすると、拡大して見られます ロゴを作ってもらうとき、実際に受け取るものは複数あります。ここが見積もりの差になります。 業界に定まった分け方があるわけではありません。私たちは、こう並べて考えています。 何が要るか 組み方縦に置くとき、横に置くとき、正方形に収めるとき 色フルカラー、1色、白地に抜くとき 大きさ名刺に載る大きさで潰れないか データどの形式で受け取り、誰が開けるか 使い方の決まり余白、小さくできる限界、してはいけない使い方 商標出願するのか、しないのか 組み方から見ていきます。横長の看板と、縦長ののぼりでは、同じ形は置けません。正方形に収める場面も出てきます。SNSのアイコンがそうです。最初に横組みだけ受け取っていると、縦が必要になったときに、また依頼することになります。そのときに同じ人に頼めるとは限りません。 色は、フルカラーだけでは足りません。伝票や領収書は1色で刷ることがあります。写真の上に重ねるなら、白く抜いた版が要ります。フルカラーの版を機械的に1色へ変換すると、線がつぶれたり、濃さの違いが消えたりします。1色版は、変換ではなく作り直すものだと考えておくほうが安全です。 大きさは、小さいほうが問題になります。名刺の隅や、商品の裏の小さな表示。大きく見ているときはきれいでも、縮めると細い線が消えます。小さいとき用に、線を太くした版を別に作ることがあります。どこまで小さくする予定があるかは、依頼のときに伝えておく項目です。 データは、形式と、開ける人の話です。拡大しても粗くならない形式で受け取れているか。印刷会社に渡せる形になっているか。社内の人が資料に貼れる形も要ります。制作の現場で使う形式と、社内の誰もが使える形式は別で、両方が要ります。 使い方の決まりは、渡されないことがあります。ロゴのまわりにどれだけ余白を取るか。どこまで小さくしてよいか。色を勝手に変えてよいか。文字と並べるときの位置はどうするか。決まりがないと、社内の資料や外注先で少しずつ形が崩れていきます。崩れは一度に起きるのではなく、少しずつ進みます。 商標は、デザインとは別の話です。作ったロゴを登録するかどうか、登録するなら誰が手続きするか。制作の見積もりに含まれることも、含まれないこともあります。含まれていないこと自体は問題ではなく、含まれていないと知らないまま進むことが問題になります。 「ロゴを1つ作ってください」という依頼は、この表のどこまでを含むかを言っていない状態です。含まれるかどうかが決まらないまま金額だけが出てくると、その金額が何に対するものか分かりません。 相場が答えにくい理由 図をタップすると、拡大して見られます ロゴ制作の相場を調べても幅が広いのは、値付けが不揃いだからではありません。売っているものが違うからです。 前の章の表を思い出してください。組み方を1種類だけ受け取る依頼と、6項目すべてを受け取る依頼では、同じ「ロゴ制作」という名前でも別のものを買っています。金額を並べて比べるというのは、中身が同じものを比べるという意味です。中身が違えば、その比較は成り立ちません。 含まれるかどうかで変わるものは、表の6項目のほかにもあります。 最初に見せてもらう案が何案か 案を絞ったあと、何回まで直せるか 打ち合わせが何回あるか 著作権をこちらへ移すのか、使わせてもらうのか どれも、あとから追加すると別料金の話になります。先に決めておけば追加になりません。 だから見積もりを受け取ったときに見るのは、金額の数字ではありません。表の6項目と、この4つに、どこまで丸が付いているかです。丸の付き方が同じ見積もりが2枚並んで、はじめて金額を比べられます。 丸の付き方が違うまま安いほうを選ぶと、進めてから足りないものが出てきます。そのときに追加すると、はじめから含めておいた場合と変わらないか、それ以上になることがあります。作る量が同じでも、途中から足すほうが手戻りが生まれるためです。 見積もりを1枚しか取らない場合も、やることは同じです。比べる相手がいなくても、その1枚に何が含まれているかは確かめられます。含まれていない項目が見つかったら、それを含めた場合はどうなるかを聞く。それだけで、金額の意味が分かるようになります。 もっとも、何が含まれるかを一覧にして先に見せるのは、依頼する側が求めて引き出すものではありません。聞かれる前に範囲を書いて出すのが、見積もりを出す側の仕事です。範囲の書かれていない見積もりが並んでいるとき、比べられないのは受け取った側の落ち度ではありません。 権利とデータで、あとから困る ロゴは作って終わりではなく、そのあと何年も使います。困りごとは、作っている最中ではなく、使っている途中で出てきます。 著作権をどう扱ったかが、ひとつめです。作ったものを譲り受けたのか、使わせてもらっている状態なのか。譲り受けていれば、あとで自分たちの判断で手を入れられます。使わせてもらっているだけだと、変更や別用途への転用に相手の許可が要ることがあります。どちらが良いという話ではなく、どちらなのかを知っておく必要があります。見積もりの段階で決まっていることなので、契約の前に確かめられます。 元のデータを受け取れるかが、ふたつめです。書き出した画像だけを受け取っていると、あとから少し直すこともできません。作った人に頼み直すことになりますが、時間が経つと連絡がつかないこともあります。受け取ったデータを、社内のどこに置いて誰が管理するかまで決めておくと、探す手間がなくなります。 商標が、みっつめです。登録していないと、同じような形を別の会社が先に登録することがあります。登録するかどうかは事業の規模や使い方によりますが、判断するには、そういう選択肢があると知っている必要があります。手続きを誰がやるのかも決めておくところです。制作を引き受けた相手が扱うとは限りません。 誰が作ったかを記録しておくことが、よっつめです。年月が経つと、社内で経緯を知る人がいなくなります。権利の確認をしようにも、相手が分からないと確かめようがありません。これは相手が誰であっても同じで、記録の問題です。契約書と、やりとりの記録を一緒に残しておけば足ります。 ここで挙げた4つに、法律の細かい話は含めていません。何が必要かは事業や使い方で変わるので、この記事では踏み込みません。書いておきたいのは、確かめる項目があるということと、それを制作が終わったあとに確かめるのでは遅いということです。 そして、これも依頼する側が調べて聞き出すものではありません。権利とデータをどう扱うかを、契約を交わす前に説明しておくのが、引き受ける側の仕事です。 依頼する前に決めておくこと 図をタップすると、拡大して見られます ここまでを、依頼の前にやることへ落とします。持っていくものではなく、決めておくことです。 何のために作るか。社名が変わった、事業が増えた、採用で使う、商品を出す。理由を一文で書けるようにしておきます。これが決まっていないと、案が出たときに選べません。前の章までの話も、ここが決まっていることが前提になっています。 どこで使うか。使う場所を書き出します。名刺、看板、伝票、Webサイト、SNSのアイコン、商品、封筒、作業着。書き出すと、3章の表がひとりでに埋まります。看板があるなら横組みが要る。伝票があるなら1色版が要る。アイコンがあるなら正方形が要る。使う場所の一覧が、そのまま納品物の一覧になります。いま思いつく場所だけで構いません。抜けは打ち合わせで埋まります。 いつまでに要るか。外から決まっている期限があるなら、先に伝えます。展示会や、登記の日付や、商品の発売日。期限があること自体は問題ではなく、伝わっていないことが問題になります。伝えてあれば、範囲を先に絞るという相談ができます。 社内で誰が決めるか。案を見て決める人を、依頼の前に決めておきます。決める人が打ち合わせに出ていないと、持ち帰って伝言することになり、そのあいだに意図が薄まります。決める人が複数いるなら、意見が割れたときにどうするかも決めておきます。 この4つを1枚の紙にまとめておくと、最初の打ち合わせで納品物の範囲まで話が進みます。決まっていなければ、そこを決めるところから始まります。決まっていないこと自体は、遅れでも準備不足でもありません。 依頼先をどう選ぶかは、この記事の範囲を超えます。会社の型から選ぶ話はブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方に、どこまでを任せるかで選ぶ話はパッケージデザイン会社の選び方。依頼できる範囲と、決めておく条件に書いています。ロゴでも考え方は同じです。 なお、決まっていないものを「決めてから来てください」と返さずに、その場から一緒に決めていくのが、引き受ける側の仕事です。4つが埋まっていない状態で相談に行って問題ありません。 案が並んだとき、何で選ぶか 依頼したあとに必ず来る場面があります。案が並んで、どれにするかを決める場面です。 このとき選ぶ基準がないと、決め方は好みになります。好みで決めても進みますが、あとで社内から「なぜこれにしたのか」と聞かれたときに答えられません。結果として、決められる立場の人の意見で決まることになります。決まったこと自体は悪くないのですが、その決め方だと、次に何かを決めるときにも同じことが起きます。 基準は、案が出てから作るものではありません。前の章で決めた「何のために作るか」と「どこで使うか」が、そのまま基準になります。採用で使うと決めていたなら、採用の場面で効くのはどれかを見ます。小さく使う場面が多いなら、縮めたときに残るのはどれかを見ます。基準があると、案の優劣ではなく、目的への近さで話ができます。 社内の何人に見せるかも、先に決めておく項目です。見せる人を増やすほど意見は割れます。基準を共有しないまま人数だけ増やすと、多数決に近い決め方になります。 私たちのロゴも、その順番で決めました。多様性・協同性・創造性という言葉を先に置いて、そこから形と色を決めています(LOGO DESIGN|INTERPLAYのロゴの背景にある哲学)。先に言葉があると、案を見比べるときに、好き嫌いではない話ができます。 その言葉自体をどう決めるかは、ブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方に書いています。 そして、案を出すときに選ぶ基準も一緒に出すのが、案を出す側の仕事です。「どれがお好みですか」とだけ聞かれたなら、それは基準の共有が飛ばされています。 使われ方まで含めて頼む ロゴを頼むというのは、絵を1点買うことではありません。どこで、どう使われるかまで含めて決めることです。 相場が調べても分からないのは、値段が隠されているからではなく、比べる前に中身が揃っていないからです。何が納品されるかが決まれば、見積もりは比べられるようになります。金額の話は、そのあとで足ります。 決まっていないなら、そこから一緒に決められる相手を選ぶ。それも、ひとつの選び方です。 関連する記事 コーポレートアイデンティティとは。MI・BI・VIと、作れるものと作れないもの ブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのか ブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方 記事一覧を見る

企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断

企業理念とは、会社が何を大事にし、何のために事業を続けるのかを言葉にしたものです。ミッションやビジョン、バリューといった要素のいくつかをまとめて、こう呼びます。何を含むかは、会社によって違います。 この記事では、経営理念や社是との呼び分けと、もう一つ手前にある分岐を扱います。すでにある言葉を作り直すのか、何もないところから作るのか。この二つは、やることが別になります。 企業理念とは何か 図をタップすると、拡大して見られます 定義そのものより、「総称である」という性質のほうが実務に効いてきます。 会社ごとに、この語が指す範囲が違います。額に入っている一文だけを指している会社があります。その一文と行動指針とスローガンをまとめて指している会社もあります。経営計画の冒頭に書かれた方針まで含めている場合もあります。 そのため、社内で「理念」と言ったときに、全員が同じものを思い浮かべているとは限りません。創業から居る人は創業者の言葉を思い浮かべ、あとから入った人は入社時に配られた冊子を思い浮かべる。会話は成立しているのに、指しているものがずれたまま進みます。 社外と話すときも同じです。「理念を見直したい」と伝えても、相手が何を指していると受け取ったかは分かりません。範囲を確かめないまま見積もりが出れば、想定している作業量が食い違います。あとから増えたように見えるものが、最初から同じ話ではなかった、ということが起きます。 私たちは、いくつかの要素をまとめた総称として使っています。この記事でも、その意味で書いています。業界で決まった定義があるわけではないので、読むときは自社での使い方に置き換えてください。 経営理念・社是との違い 図をタップすると、拡大して見られます 呼び分けている会社があります。企業理念、経営理念、社是、社訓、クレド、綱領、信条。どれも近い場所にある言葉です。 どう分けられているか 説明として置かれることがあるのは、次のような分け方です。 語 説明されることのある内容 企業理念会社の存在に関わる、根本の考え 経営理念その考えにもとづいて、どう経営するかの方針 社是・社訓会社が是とすること。創業期に定められたもの クレド社員一人ひとりが持つ、行動の信条 この分け方は筋が通っています。上から下へ、抽象から具体へ並んでいます。候補を整理するには、この形が分かりやすいと思います。 ただし、呼び分け方が会社ごとに違います そのとおりに使っている会社ばかりではありません。 「経営理念」が最上位に置かれていて、その上に企業理念にあたるものがない会社があります。企業理念と経営理念が同じものを指していて、書類によって呼び方が変わっているだけ、という場合もあります。社是だけがあって、他の語を使っていない会社もあります。 つまり、語の定義から入っても、自社の話には接続しません。分類の表を見て「うちの言葉はどれに当たるのか」と考えても、当てはめる前提のほうが成立していないことがあります。 先に確かめるのは、その会社で、その語が何を指しているかです。書類に出てくる語を並べて、それぞれが何を指しているかを埋めていく。重複していたら、どちらかを畳む。空いていたら、要るかどうかをそこで考える。定義を調べるより、この作業のほうが早く進みます。 並べる先は決まっています。定款、会社案内、採用サイト、社内規程、朝礼で読んでいるもの、事務所に掲示してあるもの。書かれた場所ごとに違う語が使われていることがあります。採用サイトでは「ビジョン」、社内規程では「社是」、会社案内では「企業理念」。同じ会社なのに、揃っていない状態です。 指しているものが同じなら、どれか一つに寄せます。違うものを指しているなら、それぞれが要るかどうかを考えます。この棚卸しは、外部に頼まなくてもできます。むしろ社内の人がやったほうが早く終わります。どこに何が書いてあるかを知っているからです。 向きが違うものが混ざります もう一つ、混ざりやすいものがあります。ブランドコンセプトです。 ここまでに挙げた語は、どれも内側を向いています。会社が何を大事にするか、どう経営するか、社員がどう振る舞うか。対してブランドコンセプトは外を向いています。誰に何を約束するか、という言葉です。 向きが違うので、決める場も、材料も、決める人も変わります。混ざったまま進めると、社外への約束を、社内の合意を取る場で決めることになります。詳しくはブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方に書いています。 MVVとの関係 企業理念という総称の中に、ミッション・ビジョン・バリューが入っていることがあります。三つに分けて持っている会社もあれば、一つの文にまとめている会社もあります。 どちらでも成立します。ただ、分けて持つと、使う場面ごとに取り出せます。事業を増やすかどうかを決めるとき、人と予算を配るとき、その場で選ぶとき。判断の種類が違うので、参照する言葉も分かれるという考え方です。 一つの文にまとめている場合は、その文が判断に使われているかを見ます。使われているなら、分ける必要はありません。使われていないなら、分けていないことが原因とは限らないので、そこを先に確かめます。 分けたほうがいいかどうかの目安はあります。その一文が、事業を増やすかどうかの判断にも、その場で二案から選ぶ判断にも使えているか。片方にしか使えていないなら、分けたほうが取り出しやすくなります。両方に使えているなら、一文のままで足ります。 三つの違いや、三つがぶつかったときにどうするかは、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方に書きました。パーパスや行動指針との関係も、そちらで整理しています。 理念がある場合と、ない場合 ここから先が、この記事の本題です。 何もないところから作る場合と、すでに何かがある場合とでは、やることが別になります。作り方の手順は、後者にはそのまま当てはまりません。 すでにある言葉は、目立つ形をしているとは限りません。創業者が言っていたこと、朝礼で読むもの、額に入っているもの、採用サイトに載っているだけの一文、会社案内の最初のページ。どれも「ある」に入ります。 「ある」と「使われている」は別です 掲げてあるが、誰も参照していない。この状態も「ある」です。ないことにして新しく作ると、社内には二つの言葉が残ります。古いほうは消えません。額は外さないまま、新しい言葉が増えるだけになります。 二つ残ると、どちらを参照するかで人が分かれます。古い言葉で判断してきた人は古いほうを使い、あとから入った人は新しいほうを使う。判断の基準が二系統になるので、決める前より揃わなくなります。新しく作ったことで状態が悪くなるのは、この経路です。 判定は、一つの問いで足ります。その言葉が、いま何かの判断に使われているか。 使われているなら、作業は作り直しではありません。すでに動いているものを、言葉にし直すだけで足ります。ここで中身を変えると、機能しているものを止めることになります。 使われていないなら、次を見分けます。中身が事業に合っていないのか、言い方が古いだけなのか。ここを混ぜると、直さなくていいものまで直します。 本当に何もない場合は、ゼロから作ることになります。ただ、書かれていないだけで、判断の基準は動いています。それを集めるところから始めます。 見分けるために聞くこと 使われているかどうかは、聞けば分かります。 何人かに、直近で迷った判断を挙げてもらう。そのときに何を基準にしたかを聞く。そこで理念の言葉が出てくるなら、使われています。出てこないまま「理念は大事だと思います」という答えが返るなら、掲げてある状態です。 理念を覚えているかどうかを聞いても、この判定はできません。覚えていることと、使っていることは別だからです。聞くのは、判断のほうです。 すでにある言葉を見ないまま、新しく作る提案から入るなら、そこは引き受けた側の問題です。何があるかを確かめるのは、提案の前段にあたります。ここを飛ばした提案は、作る量が多いほど見栄えがしますが、社内に使われない言葉を増やします。 引き継いだ言葉を変えていいか 図をタップすると、拡大して見られます 代替わり、事業承継、経営陣の交代。そのタイミングで出てくる問いです。 創業者の言葉が残っている。事業は当時と変わってきている。書き換えるべきなのか、残すべきなのか。 抵抗の中身を分ける 変えることに社内から抵抗が出たとき、それが内容への反対とは限りません。創業者への敬意と、言葉が現在の事業に合っているかどうかが、混ざったまま出てきます。 混ざったままだと、議論が進みません。敬意の話は否定できませんし、否定する必要もありません。分けるのは、敬意を軽く扱うためではなく、言葉の是非を別に置いて見るためです。 分け方は単純です。「この言葉を大事にしたい」と「この言葉はいまの事業を説明できている」を、別の問いとして立てる。前者に全員が頷いても、後者で意見が割れるなら、そこが論点です。 事業が変わったのか、言い方が古いだけか 見分ける問いは、これです。 事業が変わったのなら、中身を変える必要があります。扱う商材が変わった、客層が変わった、提供する範囲が変わった。当時の言葉が指していた対象が、いまは存在しないという状態です。 事業は同じで、言い回しが古いだけなら、言葉を直せば足ります。ここで中身まで変えると、続いてきたものが切れます。表現が古いことと、考えが古いことは別です。当時の言い方で書かれているだけで、指している中身はいまも動いている、ということがあります。 そして、全部残すか全部変えるかの二択にしません。残す部分と、書き直す部分を分けます。創業者の言葉のうち、いま判断に使われている部分は残す。使われなくなった部分は、なぜ使われなくなったかを見てから決める。事業が変わったから使われないのか、言い方が届かなくなったから使われないのかで、扱いが変わります。 変えると決めたあと 変えると決めたら、言葉より先に、なぜ変えるのかを社内に言います。 新しい言葉だけが先に出ると、変わったことしか伝わりません。前の言葉を否定されたと受け取る人が出ます。とくに、その言葉を使って判断してきた人ほど、そう受け取ります。 理由を先に置くと、変える範囲も同時に伝わります。何を残したのかが分かる形になっていれば、切れたのではなく、続いていると受け取られます。 外側だけを作り直しても、変わらないものを見つけていなければ元に戻ります。リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないで書いた構造が、そのまま当てはまります。 残すのか変えるのかを決めるための材料を並べるのは、引き受けた側の仕事です。創業者の言葉をどう扱うかを、発注側の心情の問題として置いたままにするなら、判断できる形にしていないということになります。 ゼロから作るときに決めること 図をタップすると、拡大して見られます 書き始める前に決めることがあります。 一つめは、誰に向けた言葉かです。社内に向けるのか、社外に向けるのか。両方を一つの文で兼ねようとすると、どちらでも使えないものになります。社内向けには判断に使える具体性が要り、社外向けには短く覚えられることが要ります。求めるものが逆を向いています。 二つめは、どこで使うかです。会議で参照するのか、採用の場で示すのか、契約前の説明で出すのか。使う場所が決まると、長さと語彙が決まります。決めずに書くと、どこにでも置ける代わりに、どこでも浮く文になります。 三つめは、いくつの要素で持つかです。一文で持つのか、複数に分けるのか。分ければ使い分けができますが、その分だけ決める作業が増えます。会社の段階に対して、要る数だけにします。 決める前に集めるものもあります。これまで続けてきたこと、断ってきた仕事、価格を下げてでも守ったこと、揉めたときに最後に通した判断。書かれていないだけで、判断の基準はすでに動いています。 白紙から考えると、どこの会社でも書ける文が出てきます。社会貢献、価値提供、顧客第一。書けますが、判断には使えません。集めたものを見てから書くと、書ける言葉が変わります。 書いたあとに、一つ試します。その言葉を使って、仕事を断る理由が書けるか。断る場面は、基準がないと決められない場面です。書けるなら、判断に使える形になっています。書けないなら、まだ足りていません。読んで気持ちのいい文と、判断に使える文は、同じとは限りません。 社外向けの短さと社内向けの具体性を両方ほしい場合は、一つの文で兼ねずに二段で持ちます。外に出す一文と、その一文が何を意味するかを社内向けに書いた補足。分けて持てば、どちらの要求も満たせますし、外に出すのは片方だけで済みます。 誰が決めるのか 創業者が健在かどうかで、やることが変わります。 健在なら、その人が持っている言葉が材料になります。ただし決めるのは現経営陣です。材料を出す人と決める人が同じだと、引き継いだことになりません。創業者に「決めてください」と渡した時点で、代替わりの意味が消えます。 いない場合、残っているのは書かれたものだけです。ただ、書かれていないものは社員の記憶のなかにあります。何を言われたか、どういうときに止められたか、どの案件を断ったか。記録には出てきませんが、聞けば出てきます。 聞く相手は、長く居る人だけではありません。あとから入った人は、その会社の言い方を外から見た経験を持っています。何が分かりにくかったか、入る前と入ったあとで印象がどう違ったか。作り直すときには、この視点のほうが役に立つことがあります。 聞く順番も決めておきます。先に経営から聞くと、あとから聞いた社員は経営の言葉に寄せて答えます。先に社員から聞くと、経営が自分の考えを言いにくくなる場面が出ます。どちらを先にするかで、集まる材料が変わります。引き継ぎが目的なら、書かれていないものを先に集めるほうが向いています。 言葉を引き出す場を設計するのは、引き受けた側の仕事です。「思いを聞かせてください」とだけ言って出てきたものを材料にしているなら、聞き方を決めていないということになります。当たり前になっていることほど、開いた問いでは出てきません。個別に当てて、返ってきた言葉をそのまま使います。言い換えると、その人の言葉ではなくなります。 まず、何があるかを見る 図をタップすると、拡大して見られます 企業理念という語は総称なので、定義を調べても自社の答えは出ません。出るのは、その語で何を指しているかを社内で確かめたときです。 そして、作るのか作り直すのかで、やることが分かれます。この分岐を先に決めると、そのあとの作業が決まります。決めるには、いま社内に何があって、そのうちどれが使われているかを見るしかありません。 見て、何もなければ作ります。あって使われていれば、言葉にし直します。あって使われていなければ、中身が合っていないのか、言い方が古いだけなのかを見分けます。順番としては、それだけです。 確かめるのが先、決めるのが次、使う場所を決めるのがそのあと。飛ばしても言葉はできますが、できた言葉が社内のどこにも接続しません。掲げるところまでは進んで、そこで止まります。 決めた言葉が社内で使われる状態をつくる作業は、ここから先になります。インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方に、進め方と、何を見れば効いたと分かるのかを書いています。 関連する記事 MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方 パーパス経営とは。「意味がない」と言われる理由と、中小企業での使いどころ 理念浸透とは。「浸透しない」の中身を分けて、打ち手を決める 記事一覧を見る

ブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのか

ブランドガイドラインとは、ブランドをどう見せ、どう伝えるかの決めごとをまとめたものです。ロゴの使い方だけを指すものではありません。 使うのは、社内の担当者と、社外の制作者です。決めごとが共有されていれば、誰が作っても同じ会社のものに見えます。共有されていなければ、作る人の数だけ見え方が増えていきます。 この記事では、何を書き、何を書かないかをお伝えします。そのうえで、作ったあとに何が起きるかを書きます。 ブランドガイドラインとは何か 呼び名はいくつもあります。ブランドブック、デザインマニュアル、レギュレーション、VIマニュアル。会社によって呼び方が違うだけで、指しているものは近いところにあります。 私たちは、これを「決めごとの集合」として捉えています。 この捉え方が、あとの章で効いてきます。ひとつの言葉ではなく、独立した決めごとがいくつも束ねられたもの。だから、束のなかの一部だけが守られたり、逆に一部だけが忘れられたりします。全体が生きているか死んでいるか、という見方では実態に合いません。 コンセプトのような一文とは、そこが違います。一文は、意味が分からなくなれば使えなくなります。そこで止まるので、止まったことに気づけます。決めごとの集合は、意味が分からなくなっても、書いてある通りに実行することができてしまいます。この差が、壊れ方の違いを生みます。 もうひとつ、ガイドラインは判断を減らすための道具です。毎回ゼロから考えなくて済むように、先に決めておく。だから、判断が要らなくなること自体は目的どおりです。目的を果たしている状態と、機能していない状態が、外からは同じに見える。ここが、この道具の扱いにくいところです。 何を書くか 図をタップすると、拡大して見られます 中身は四つに分けられます。上の三つはよく見かけますが、四つめが抜けていることがあります。 区分 中身 見え方ロゴ、色、書体、写真、余白 言い方呼称、文章の調子、使わない言い回し 使う場面適用範囲、優先順位、例外の扱い 判断のしかた迷ったとき誰に聞くか 見え方は、想像しやすい部分です。ロゴを小さく使うときの下限、余白の取り方、使ってよい色の組み合わせ。数字で書けるので、決めやすくもあります。ガイドラインと聞いて思い浮かぶのは、この範囲です。 言い方は、見え方より抜けやすい部分です。会社の呼び方(正式名称か略称か)、文末の調子、業界用語を使うかどうか、社名を英語で書くか日本語で書くか。制作物の印象は、書体より文章で決まることがあります。同じデザインでも、載っている文章の調子が違えば、別の会社のものに見えます。 使う場面は、範囲の話です。すべてに同じ強さで適用するのか、社外向けだけ厳しくするのか。優先順位を決めておかないと、名刺と展示会のブースに同じ厳密さを求めることになります。守れない決めごとが混ざると、守れる決めごとまで軽く扱われます。 四つめの「判断のしかた」が、この記事の中心につながります。書いていないことが起きたとき、誰に聞くのか。ここが決まっていないガイドラインは、書いてある範囲の外で止まります。そして、実務で起きることは、書いてある範囲の外に出ます。想定していた通りの場面だけが来ることは、まずありません。 何を書かないか 図をタップすると、拡大して見られます 厚くすると読まれなくなる。これはよく言われることで、その通りです。ただ、そこから先の「では何を削るのか」は、あまり具体的に書かれていません。 削ってよいものが三つあります。 ひとつめは、一度しか起きない事例への個別対応です。ある年の展示会でこう処理した、という記録は、次に同じことが起きるとは限りません。本体に混ぜると分量が増え続けるので、事例集として別に持つほうが本体を軽く保てます。 ふたつめは、現場が判断すべき粒度のことです。写真に写る小物の色まで決めると、決めた人の想定外の状況で誰も動けなくなります。細かく決めるほど守られる、とはなりません。細かすぎる決めごとは、守れないという理由で無視され、そのとき隣にある重要な決めごとも一緒に無視されます。 みっつめは、決めた人の好みです。根拠を説明できない決めごとは、聞かれたときに答えられません。答えられない決めごとは、次の章で書く壊れ方の材料になります。 逆に、削ってはいけないものがあります。「なぜそう決めたか」の理由です。 項目を減らすとき、説明が先に落とされます。結論だけのほうが短いからです。ただ、理由が落ちた決めごとは、受け取った人には根拠のない指示として届きます。従うことはできますが、応用はできません。項目を削って、理由を残す。この順序が逆になっていることがあります。 なお、何を削るかを発注した側だけで決める必要はありません。どれが本体でどれが事例かを仕分ける材料を出すのは、作った側の仕事です。分量が多いという相談を受けたときに、削る候補とその根拠を示せるかどうかが分かれ目になります。 ガイドラインは、2通りに壊れる 図をタップすると、拡大して見られます 使われなくなる形と、使われているのに中身が失われる形。方向が逆なので、対処も逆になります。 無視される 作ったのに、その通りに作られていない状態です。制作物を並べれば分かるので、気づかれます。気づかれるという点では、扱いやすい壊れ方です。 原因は、人ではなく体制にあります。私たちが見てきた範囲では、二つの形があります。 ひとつは、担当者ごとに委託先が変わる場合です。部署が別々に発注していると、それぞれの制作者がそれぞれの解釈で作ります。このとき、全体を統一する主体が社内にいません。ガイドラインを渡す人はいても、渡した結果を突き合わせる人がいない。出てきたものが揃っていないことに、誰も気づかないまま進みます。 各担当者に悪意はなく、それぞれの範囲では仕事をしています。ただ、範囲が分かれていること自体が原因なので、担当者に注意しても直りません。 もうひとつは、「作業だけやってほしい」という形の発注です。決まったものを形にするところだけを頼むと、ガイドラインを読んで解釈する工程が発注の範囲から外れます。解釈する人がいなければ、書いてあることの意図は伝わりません。書いてある通りに作ることはできても、書いていない場面では判断がつきません。 この二つめは、ブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方で書いた「制作会社型は決める工程が抜ける」と同じ構造です。決める工程を買わずに作る工程だけを買うと、決めごとを扱う人が誰もいなくなります。 理由が失われたまま守られる こちらは気づかれません。守られているからです。誰も反対せず、点検にも引っかかりません。 起きているのは、こういう状態です。昔から続いている決めごとがある。誰がいつ決めたのかは分からない。それでも守られている。理由を聞かれても、答えられる人がいない。 守られていることが、機能している証拠だと読まれます。ただ、実際には判断が止まっているだけ、ということがあります。決めごとの意味が分からなくても、書いてある通りに実行はできる。1章で書いた「決めごとの集合」という性質が、ここで効いてきます。一文なら止まるところで、集合は止まらずに動き続けます。 このとき困るのは、変えるべき場面で変えられないことです。事業が変わり、売る相手が変わっても、決めごとだけが残ります。理由が分からないので、変えてよいかどうかを誰も判断できません。結果として、現実に合わなくなった決めごとが守られ続けます。 「これは守ってください」と伝える担当者を、思考停止として扱うのは違うと考えています。その人も、理由を渡されないまま受け取っています。説明できないのは、説明を受けていないからです。原因は人ではなく、理由が引き継がれない仕組みのほうにあります。 そして、理由が引き継がれないのは、引き継げる形で渡さなかった側の問題でもあります。ガイドラインに「なぜそう決めたか」が書いていなければ、渡す人も理由を持っていません。3章で「理由を残す」と書いたのは、ここに効かせるためです。 私たちがブランディングでやっているのは、変わらないものを外から持ち込むことではなく、すでにあるものを見つける作業です。誰も理由を知らない決めごとは、見つけたものではありません。ただ残ったものです。この違いは、リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないで書いた構造と重なります。 壊れ方の見分け方 自社がどちらの状態にあるかは、確かめられます。ただし、二つで難しさがまったく違います。 沿っているかを見る 無視されている場合の判定です。手元の制作物を並べて、ガイドラインと突き合わせるだけで済みます。 名刺、封筒、サイト、提案資料、展示会のパネル、採用ページ。決めた通りになっているかを見ます。見れば分かるので、判定に手間はかかりません。用意するのは制作物だけで、誰かに時間を取ってもらう必要もありません。 ここで見ているのは適合であって、良し悪しではありません。「なぜこの形なのか」を問う判定は、ブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方の6章にあります。あちらは聞かないと分からない判定で、こちらは見れば分かる判定です。 揃っていない箇所が見つかったら、いつ作られたものかを確かめます。時期が固まっているなら、そのときに何かが変わっています。担当が替わったか、委託先が増えたか。散らばっているなら、渡す仕組みのほうに原因があります。 理由を答えられる人がいるか こちらが難しい判定です。外から見るとうまくいっているように見えるので、探しに行かないと見つかりません。 問いはひとつです。 その決めごとについて「なぜそう決めたか」を答えられる人が、いま社内にいるか。 答えられる人がいないまま守られているなら、それは機能ではなく惰性です。 全部の決めごとについて確かめる必要はありません。いちど決めたきり長く変えていないもの、由来を聞いたことがないもの。そのあたりから当てていくと、早く見つかります。 補助的な兆候が三つあります。例外を求められたときに、可否を判断できる人がいない。「昔からこうなっている」が説明として通用している。更新した記録が残っていない。 三つとも、ガイドラインそのものを見ても分かりません。運用している人に聞かないと出てきません。この判定に手間がかかるのは、そのためです。 なお、この判定に自力で答えられないガイドラインがあるとすれば、理由を書き残さずに納品した側にも原因があります。理由を残す形で渡すところまでが、作った側の仕事です。 使われ続けるための条件 図をタップすると、拡大して見られます 決めた人がいなくなっても回るか。これが基準になります。 理由とセットで渡すこと。これが前章までの帰結です。決めごとだけを渡すと、渡された人はそれを前提として扱うしかありません。理由が付いていれば、状況が変わったときに判断できます。判断できる人が増えるほど、決めごとは長く使えます。 更新できる形にすること。完成版として固めると、直せなくなります。事業も商品も変わるので、決めごとも変わります。変えられないものは、いずれ現実と合わなくなり、守れないものになります。製本された冊子だけで渡すと、この形になりやすくなります。 例外の出し方を先に決めておくこと。例外は必ず出ます。出たときの手順が決まっていないと、そのつど個別に判断され、判断した記録も残りません。次に同じ場面が来ても、また同じ議論をします。例外を認める手順があるほうが、結果として守られます。禁じるより、通り道を作るほうが実務では効きます。 判断の窓口を決めること。2章の四つめに書いた「判断のしかた」が、ここに戻ってきます。書いていないことが起きたときに聞ける先があれば、勝手な解釈は減ります。窓口が忙しくて答えが返らない状態が続くと、聞かずに進むようになるので、応答の早さも条件のうちです。 なお、こうした運用の形まで含めて設計するのは、作った側が最初に提案すべきことです。納品物を渡して終わりにすると、更新の仕組みは誰も持たないままになります。 作るタイミング 社長が全部を見られなくなったときが、ひとつの目安です。 人が増えて、作られるものすべてに目が届かなくなる。委託先が複数になる。事業や商品が増えて、見え方が分かれ始める。このあたりで、決めごとを言葉にする必要が出てきます。それまでは、その場で確認するほうが早く済みます。 逆に、早すぎることもあります。何を約束するかが決まっていない段階でガイドラインを作ると、根拠のない決めごとの束になります。色や書体は決められますが、なぜその色なのかが説明できません。作った時点ですでに、前章の二つめの状態に入っています。 その場合は、先に決めるものがあります。誰に何を約束するのかです。順序としてはブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方が先で、ガイドラインはそれを形にする段階のものです。 タイミングを外すと、前章の壊れ方に直行します。早すぎれば、理由が共有されないまま決めごとだけが配られます。遅すぎれば、すでにばらばらになったものを後から縛ることになり、現場は納得しないまま従うことになります。 誰が運用するか 決めるのは、担当者の名前だけではありません。 いつ見直すか。新しく入った人に、誰がどこで渡すか。決めごとと実態がずれたときに、誰が言い出すか。委託先が変わるときに、誰が引き継ぐか。ここまで決めて、ようやく作る作業が終わります。 見直す時期は、期間で決めるより、出来事で決めるほうが動きます。事業が増えたとき、主力商品が変わったとき、委託先が替わったとき。日付だけを決めると、その日が来ても誰も動かないことがあります。 渡す場面を決めておくのも同じです。入社時の説明に入れるのか、案件が始まるときに渡すのか。渡す場面が決まっていなければ、渡し忘れは起こります。 最後の項目が、無視される形への対処にあたります。担当者ごとに委託先が変わっても、渡す人と突き合わせる人が決まっていれば、ばらばらにはなりません。変えるのは発注のしかたではなく、誰が全体を見るかです。部署をまたいで一人が見る形にすれば、発注の分かれ方はそのままでも揃います。 この工程は、リブランディングとは。意味・進め方・費用・判断のタイミングの工程6(定着)にあたります。使い方が共有されていないものは、いつのまにか元に戻ります。誰が運用するのかまで決めて、完了です。 なお、社内に全体を見る人がいるかどうかは、引き受ける前に確かめられます。いないまま渡せば、渡した先でばらばらになることは分かっています。確かめずに着手したのなら、その結果は引き受けた側も引き受けています。 使われている状態を保つ ガイドラインは、作った時点では何も決まっていません。決まるのは、それが使われたときです。 壊れ方は逆方向に二つあります。無視されるほうは目に見えるので、気づけば直せます。理由が失われたまま守られるほうは、外から見ると問題なく回っています。探しに行かなければ見つかりません。 そして、後者のほうが直すのに時間がかかります。決めごとは残っているのに、なぜそう決めたかを知る人がいないので、書き戻す材料を集めるところから始めることになります。 だから、守られていることは、まだ答えではありません。確かめるべきは、その決めごとの理由を答えられる人が、いま社内にいるかどうかです。 関連する記事 ブランドブックとは。ガイドラインとの違いと、どちらが要るかの決め方 トーンアンドマナーとは。決めるのではなく、約束から翻訳する コーポレートアイデンティティとは。MI・BI・VIと、作れるものと作れないもの 記事一覧を見る

MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方

MVVとは、ミッション・ビジョン・バリューの頭文字です。会社が何を果たすのか(ミッション)、どこへ向かうのか(ビジョン)、迷ったときに何を選ぶのか(バリュー)。この3つを分けて言葉にしたものを指します。 意味の違いまでは、調べればすぐに出てきます。この記事では、そこから先を扱います。どれから決めるのか、3つがぶつかったときに何を優先するのか。決めたあとに必要になることまでをお伝えします。 なぜ3つに分けるのか 3つとも、会社の考えを言葉にしたものです。それなら一つにまとめてもよさそうですが、まとめると使えなくなります。 理由は、3つで時間の扱いが違うからです。 ミッションには終わりがありません。果たし続けるものなので、達成して次に進むという性質を持っていません。ビジョンには期限があります。いつまでにどこへ、という形で書くので、到達したら更新することになります。バリューは今日使います。目の前の案件をどう進めるか、二つの案のどちらを選ぶか。その場で参照するものです。 私たちは、この3つを時間軸で分けて見ています。業界で定まった見方ではありませんが、こう置くと扱いが決まります。 3つをまとめて一つの文にすると、この時間差が消えます。「私たちは◯◯を通じて社会に貢献し、△△な会社を目指し、□□を大切にします」。文としては読めます。ただ、明日の判断には使えません。終わらないものと、期限のあるものと、今日使うものが、同じ重さで並んでいるからです。 分けているのは、体裁のためではありません。使う場面が違うものを、場面ごとに取り出せるようにするためです。 実際、3つのうち社員が日々目にしているのはバリューだけ、という会社があります。ミッションとビジョンは額に入って会議室にあり、バリューだけが仕事の話のなかに出てくる。望ましくない状態に見えますが、時間軸で考えれば筋の通った偏りです。問題になるのは、偏っていること自体ではなく、上の二つを使う場面が来たときに取り出せないことのほうです。 3つの違いはどこにあるか 図をタップすると、拡大して見られます 違いは、意味そのものよりも、扱い方に出ます。 ミッション ビジョン バリュー 問い何を果たすのかどこへ向かうのか何を選ぶのか 時間終わらない期限がある今日 変わるか変えない到達したら更新する増えることも減ることもある 使う場面事業を増やすとき人と予算を配るときその場で決めるとき 表の4行目について 上の3行は、意味を並べれば書ける内容です。4行目の「使う場面」が、決めたあとに効いてきます。 ミッションを使うのは、事業を増やすかどうかを決めるときです。新しい領域に手を出すか、声のかかった案件を受けるか。果たすと決めた役割の内側かどうかで判断します。 ビジョンを使うのは、人と予算を配るときです。到達点が決まっていれば、そこから逆算して今期どこに寄せるかが決まります。逆に、配分でいつも揉めるなら、到達点が共有されていない可能性があります。 バリューを使うのは、その場です。会議で意見が割れたとき、見積もりの出し方を決めるとき、断るかどうかを決めるとき。上の二つと違って、日々のなかで参照するものです。 3つが揃っていなくても進む 3つとも揃えないといけない、というものではありません。会社の段階によって、要るものが違います。 事業が一つで、判断する人が数人なら、バリューだけで回ります。判断の基準さえ共有されていれば、日々は進みます。人が増えて、判断する人が離れた場所にいるようになると、ビジョンが要るようになります。同じ方向を向いているかを、会話以外で確かめる必要が出るからです。 ミッションが要るようになるのは、事業が増えたときです。事業が一つのうちは、何を果たす会社かという答えが、事業の説明と重なります。別に書き起こす必要がありません。二つめ、三つめが増えてくると、事業の説明では会社の説明にならなくなります。「うちは何の会社なのか」という問いが社内から出てきたら、そこが合図です。 採用の場面でも同じことが起きます。事業ごとに募集をかけると、入ってきた人は事業の単位で会社を理解します。会社として何を果たすのかが言葉になっていないと、部署が増えるほど、別々の会社が同居している状態に近づきます。 3つを同時に埋めることが目的になると、埋めるための言葉が出てきます。要るものから順に決めるほうが、使われる形になります。 パーパス・経営理念との関係 図をタップすると、拡大して見られます 同じあたりを指す言葉が、いくつも流通しています。パーパス、経営理念、企業理念、社是、クレド、行動指針。パーパスを加えたPMVVや、並び順を変えたVMVという書き方も見かけます。 私たちは、次のように使い分けています。まずパーパスは、なぜ存在するのかを指します。社会に対する存在理由です。ミッション(何を果たすのか)と近い位置にありますが、同じではありません。ミッションは会社が引き受ける役割で、パーパスはその手前にある理由です。 経営理念・企業理念は、総称です。ここまでに出た言葉のいくつかをまとめて呼んでいるもので、何を含むかは会社によって違います。理念という言葉が出てきたら、その会社が何を指しているのかを先に確かめないと、話が噛み合いません。社是やクレドも同じで、指す範囲は会社ごとに決まっています。 行動指針という呼び方も見かけます。私たちが見てきた範囲では、中身はバリューと重なります。呼び方が違うだけということがあるので、ここも社内で確かめる対象になります。 ここで一つ、断っておきます。この使い分けは、業界で決まっているものではありません。ミッションとパーパスを同じ意味で使う整理もありますし、パーパスを最上位に置いて、その下にミッションを並べる書き方もあります。どれが正しいという話ではありません。 大事なのは、社内で一つに決まっていることのほうです。呼び方をどれにするかで悩むより、その言葉が何を指しているのかを揃えるほうが先になります。言葉が増えているのは、扱う対象が増えたからではありません。同じものを、違う入口から呼んでいることがあります。 MVV・VMV・PMVVの違い 違いは、並び順と、含む要素です。 VMVは、ビジョンを先頭に置いた書き方です。含む要素はMVVと同じ3つです。PMVVは、MVVの上にパーパス(なぜ存在するのか)を加えた書き方です。 どの並びを選んでも、決める対象は変わりません。並び順より先に、それぞれの言葉が社内で何を指しているかを揃えます。 どれから決めるのか 図をタップすると、拡大して見られます ミッションを決めて、ビジョンを描いて、バリューに落とす。作り方としては、この順で説明されます。 順序としては筋が通っていますし、その順でも進みます。ただ、途中で止まったときは、手元を見ると早いことがあります。 というのも、バリューは、決める前からすでに社内にあるからです。 これまで断ってきた仕事、続けてきたやり方、価格を下げてでも守ったこと、揉めたときに最後に通した判断。そこに、何を選ぶ会社なのかが出ています。言葉になっていないだけで、基準そのものは動いています。 ミッションから始めて止まるのは、手元に材料がない状態で始めているからです。「何を果たす会社か」を白紙から考えると、出てくるのは、どこの会社でも書けそうな文になります。社会貢献、価値提供、顧客第一。書けますが、判断には使えません。 先に、すでにしてきた判断を集める。集めたものを見ると、果たしてきた役割の輪郭が出てきます。そこからミッションを書くと、書ける言葉が変わります。 ビジョンは、この二つとは出どころが違います。過去を集めても出てきません。どこへ向かうかは、これから決めることだからです。 ただ、白紙から出るわけでもありません。ミッションで引き受けた役割の内側で、どこまで行くかを決める形になります。役割が定まっていない状態で到達点だけを描くと、期限が来たときに、達成したのかどうかを判断できません。何を果たすと決めたかがなければ、到達したことの意味を測れないためです。 この「すでにあるものを見つける」という進め方は、リブランディングとは。意味・進め方・費用・判断のタイミングの工程2でも扱っています。会社の見え方を作り直すときも、内側の言葉を決めるときも、探しに行く先は変わりません。 順番を変えたほうがいい、という話ではありません。決まった順で進んで、止まらなければそれでいきます。止まったときに、白紙で考え続けるのではなく手元を見る。選択肢が増えるという意味で書いています。 3つが矛盾したときにどうするか 図をタップすると、拡大して見られます 3つに分けた時点で、矛盾は起きます。欠陥ではありません。性質の違うものを別々に言葉にしたのだから、ぶつかる場面が出るのは筋が通っています。 矛盾が起きる場所 ぶつかりやすいのは、ビジョンの期限とバリューの手順です。 ビジョンには期限があります。いつまでにここへ、と決めた以上、期日が近づけば急ぎます。一方でバリューには、こういうときはこうする、という手順が書かれています。丁寧に確かめる、相手の状況を聞いてから決める、納得しない案は出さない。 期限に間に合わせようとすると、この手順のほうが先に折れます。確かめる工程を飛ばす、聞かずに決める、間に合う案を出す。私たちが相談を受けるなかで見かけるのは、この形です。 理由ははっきりしています。バリューは具体的で、今日その場で使うものだからです。抽象度の高いミッションと違って、破ったことがその場で分かる形になっています。破れるものから破られます。 ぶつかり方は、これだけではありません。事業を広げていくと、ビジョンに書いた到達点が、ミッションで引き受けた役割の外側に出ることがあります。逆に、役割のほうが広すぎて、到達点が役割の一部しか埋めていないこともあります。 ミッションとバリューが合わなくなることもあります。果たすと決めた役割のために引き受けるべき仕事が、日々の判断基準では受けない形になっている場合です。このときは、どちらかが実態と合っていません。決め直す対象は、優先順位ではなく言葉のほうになります。 決めるのは順位ではない では、どれを優先すればいいのか。 ここで「ミッションが最上位です」と書くこともできますが、会社によって違います。期限を守ることを引き受けている会社もあれば、期限を延ばしてでも手順を守る会社もあります。どちらも成立します。 問題は、決まっていないことのほうです。 決まっていないと、その場にいる人の立場で決まります。納期を持っている人がいれば期限が通り、現場を見ている人がいれば手順が通る。同じ会社のなかで、日によって違う答えが出ます。これが続くと、社員は3つとも参照しなくなります。参照しても答えが出ないからです。 決めておくのは、順位そのものというより、ぶつかったときにどう決めるかです。誰が判断するのか。どの場に持っていくのか。判断した結果を、次から何に反映するのか。 そして、ここは発注側だけの仕事ではありません。3つを言葉にして納品し、ぶつかったときにどうするかを決めずに終わっているなら、それは引き受けた側が仕上げていないということでもあります。言葉を3つ揃えるところまでが成果物だと考えているなら、そこが抜けます。 誰が決めると自分の言葉になるか 図をタップすると、拡大して見られます 経営が決めるのか、全社で決めるのか。この二択で語られる場面がありますが、どちらを選んでも同じところで詰まります。 分けるのは、決める人と、材料を出す人です。 決めるのは経営です。会社が何を果たし、どこへ向かうかは、責任を持つ人が決めます。ここを全社の合議にすると、角の取れた文になります。誰も反対しない言葉は、誰の判断も変えません。 材料を出すのは現場です。前の章で書いたとおり、判断の基準はすでに動いています。それを持っているのは、日々決めている人たちです。ここを経営だけで埋めると、外から持ってきた言葉になります。 この二つを混ぜると、決まらないか、誰の言葉でもないものが出ます。全員で決めようとすれば決まりませんし、経営だけで決めて配れば、配られた側にとっては他人の言葉です。 材料を出す場に誰を入れるか。人数の問題ではなく、どの判断をしている人かで選びます。断る判断をしている人、価格を決めている人、採用の合否を出している人。基準が出るのは、決めている場所です。役職で選ぶと、決めていない人が入ります。 この人選を設計するのは、引き受けた側の仕事です。参加者を発注側に任せて、出てきた顔ぶれでそのまま進めているなら、進め方を決めていないということになります。誰が入るかで出てくる材料が変わる以上、そこは提案の一部です。 もう一つ、経営がどこまで書くのかという分かれ目があります。文言まで決めるのか、方向だけを決めて、言葉は別の人が磨くのか。 どちらでも進みます。ただ、文言を経営が一人で書き上げると、その人にしか使えない言い回しが残ることがあります。逆に、方向だけ渡して丸ごと任せると、整った文が返ってきて、誰も反対しないかわりに誰も使いません。決めるのは方向と、外してはいけない言葉。磨くのはそのあと。この分け方だと、両方を避けられます。 決めた過程を残しておくかどうかでも、あとから差が出ます。言葉だけを渡された人には、どう決まったのかが分かりません。なぜその言葉になったのか、何と何を天秤にかけたのか。過程が残っていれば、あとから入った人も、その言葉を自分の判断に使えるようになります。 決めたあとに何が起きるか 図をタップすると、拡大して見られます 決めた直後は、何も変わりません。ここで失敗したと感じる場合がありますが、順当な状態です。 言葉ができると、次に手が伸びるのは見た目のほうです。ロゴを整える、サイトを作り直す、会社案内を刷り直す。どれも要る作業ですが、それで判断が変わるわけではありません。リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないで書いたのは、この順番のことです。見えるものを変えても、決め方が変わらなければ、元の状態に戻ります。 3つの言葉が使われるようになるかどうかは、決め方ではなく、決めたあとの扱いで決まります。どの場面で参照するのか。誰が持ち出すのか。新しく入った人にどう渡すのか。 決めた直後にやることを一つだけ挙げるなら、次にこの言葉を持ち出す場面を決めておくことです。次の役員会でも、来期の予算を決める場でもかまいません。使う場面が先に決まっていないと、掲示したところで作業が終わります。 社外に出すのは、そのあとで足ります。採用サイトや会社案内に載せた言葉を、面接で担当者が別の言い方で説明する。そうなると、載せる前より状態が悪くなります。候補者から見れば、書いてあることと目の前の人が食い違っている、という情報が増えただけになるからです。 ここから先は、社内で言葉が使われる状態をつくる作業になります。インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方で、進め方と、何を見れば効いたと分かるのかを書いています。この記事では入口までにします。 一つだけ、こちら側から書いておきます。決めたあとに何をするかまでを含めて提案していないなら、言葉を納品して終わりにしているのは受注側です。3つの言葉を納めた時点で成果物が完成していると考えるなら、使われるかどうかは発注側の努力の問題になります。そういう分け方をしている限り、同じ状態が繰り返されます。 MVVの策定を外に頼むとき 外に頼む場合も、決めるのは社内です。外の手が役に立つのは、その手前の作業になります。 頼めるのは、材料を集めて並べるところです。社員への聞き取り、これまでの判断の洗い出し、集めた言葉の整理。社内の人が聞くと、立場によって聞ける話と聞けない話が出ます。外の人が聞くと、立場を気にせず話してもらえることがあります。 頼めないのは、どれを会社の言葉にするかを決めることです。候補を並べてもらうことはできますが、選ぶのは使う側です。選んだ理由が社内に残っていないと、あとで変えていいのかどうかが分からなくなります。 頼む前に用意しておくと早いものがあります。これまで断ってきた仕事と、その理由。揉めたときに最後に通した判断。いま社員が自社をどう説明しているか。どれも、この記事で「すでに社内にある」と書いたものです。 頼む先を選ぶときは、何が納められるかを見ます。言葉を納めて終わるのか、使う場所を決めるところまで一緒に見るのか。決めたあとに何が起きるかは、前の章に書いたとおりです。 作った時点では、まだ何も変わらない MVVは、3つに分けたところに意味があります。終わらないもの、期限のあるもの、今日使うもの。性質の違うものを別々に置いたのは、場面ごとに取り出して判断に使うためです。 だとすれば、決めたあとに参照されていないなら、分けた意味がまだ出ていないことになります。3つ揃っているかどうかではなく、どこかの場面で持ち出されているかどうかが、できているかの目安になります。 3つがぶつかる場面は、遅かれ早かれ来ます。そのときに何を優先するかを決めてあれば、言葉は判断の材料になります。決めていなければ、その場にいる人の立場で決まり、3つは参照されないまま残ります。 3つ揃えることを目標に置くと、揃った日が終わりになります。使う場面を決めることを目標に置けば、そこから始まります。同じ作業をしていても、どちらを目標に置いたかで、決めたあとの扱いが変わります。 言葉ができた日は、始まりの日です。その日に変わるものはありません。変わるとしたら、その言葉を持ち出して何かを決めた、最初の一回からです。 関連する記事 企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断 パーパス経営とは。「意味がない」と言われる理由と、中小企業での使いどころ 理念浸透とは。「浸透しない」の中身を分けて、打ち手を決める 記事一覧を見る