リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くない
リブランディングが失敗するとき、原因はデザインの手前にあります
リブランディングが失敗するとき、原因はデザインの質ではないことがほとんどです。よく引用される失敗事例は、どれも一流のデザイン会社が手がけた仕事でした。失敗が起きているのは、デザインが仕上がる手前──何のために変えるのかを定める段階と、それを検証する工程です。
「リブランディング 失敗」で検索すると、いつも同じ事例が出てきます。2009年のトロピカーナ、2010年のGAP。どちらも海外の事例で、10年以上前の話です。それでも引用され続けているのは、失敗の構造がいまも変わっていないからだと考えられます。
この2つには共通点があります。担当したのが、業界で高く評価されているデザイン会社だったことです。トロピカーナはArnell Group、GAPはLaird + Partners。制作物そのものは、私たちが見ても、当時の水準で完成度の高いものでした。
にもかかわらず、一方は2ヶ月で、もう一方は1週間ほどで撤回されています。デザインが良かったのに、なぜ失敗したのか。ここから先は、公表されている事実だけを追いながら、その理由を5つのパターンに整理していきます。
トロピカーナは、2ヶ月で売上が約20%落ちました
2009年1月、トロピカーナは米国で主力のオレンジジュースのパッケージを刷新しました。担当したのはArnell Groupです。
変更の中心は、ブランドの顔だったビジュアルの入れ替えでした。オレンジにストローが刺さったイラストを廃し、グラスに注がれたジュースの写真へ。オレンジはキャップ部分に移され、搾るような形状になりました。
ロゴにも手が入っています。縦組みに変わり、サイズを縮小して「100% Orange Pure and Natural」という文言を際立たせる構成です。パッケージ単体で見れば、整理された、清潔感のあるデザインでした。
発売後、既存顧客からの苦情が続出しました。「自分がいつも買っている商品が、棚で見つけられない」という種類の声です。
2ヶ月で売上は約20%減少し、約3,000万ドルの損失が出たと報じられています(The Branding Journal)。トロピカーナは2009年2月23日、旧パッケージへの復帰を発表しました。
同じ出典では、この刷新に3,500万ドルの広告投資が投じられたこと、そして総コストが5,000万ドルを超えたことが報じられています。
ここで注目したいのは、失われたものが「デザインの良さ」ではないという点です。新しいパッケージは、洗練されていました。しかし棚には、洗練されていない商品も一緒に並んでいます。買う人は、それを一つずつ吟味しているわけではありません。
つまり、こういうことだと考えられます。「オレンジにストローが刺さった絵」は、装飾ではなく、棚での目印だったのです。
GAPのロゴ変更は、なぜ1週間で撤回されたのか
2010年10月上旬、GAPは長年使ってきたロゴを変更しました。担当はLaird + Partnersです。
変更は控えめなものでした。トレードマークだった紺のボックスを小さくし、社名を太字のHelveticaに置き換える。単体で見れば、モダンで、破綻のない仕事です。
反応は早く、そして否定的でした。公開から24時間で、ひとつのブログに2,000件を超える否定的なコメントが集まっています。
さらに、抗議のために作られたTwitterアカウント「@GapLogo」は数時間で5,000人のフォロワーを集め、パロディを生成するサイトには約14,000件の改変ロゴが投稿されました(The Branding Journal / BDMA)。
この事例で重要なのは、その後の対応です。GAPは代替案をクラウドソーシングで公募する方針を打ち出しました。批判を受け止め、顧客を巻き込もうとした動きだったと考えられます。
しかし、事態は収束しませんでした。すでに「勝手に変えた」と受け取られている状況で公募をかけたため、後付けの取り繕いに見えてしまったからです。
そして2010年10月11日、GAPは旧ロゴへの復帰を表明します。公開から撤回まで、1週間ほどの出来事でした。その後、Laird + Partnersとの契約は終了しています。
この事例が示しているのは、対応の順番も失敗の一部だったということです。引き返す判断そのものは早く、正しかった。ただ、引き返す前に一手はさんだことで、傷が広がりました。もし公募を先に、変更を後にしていれば、違う出来事として記憶されていたかもしれません。
国内の事例をどう見るか
国内では、2020年春のローソンのプライベートブランド刷新がよく挙げられます。「ローソンセレクト」を「L basic」「L marche」へ再編したもので、nendo(佐藤オオキ氏)が担当しました。
この刷新は、発表後に議論を呼びました。ただ、その意図については佐藤氏本人が日経クロストレンドのインタビューで詳しく語っています(日経クロストレンド)。
私たちが外から評価を加えるより、本人の言葉を読んでいただくほうが正確です。
失敗した案件に共通する、5つのパターン
ここからは、私たちが制作側として引き受けるべき論点として整理します。以下の5つは、発注者だけの問題ではありません。私たち作り手の側にも、同じだけ起きます。
1. 見慣れたものが「古い」に見える
長く使われた要素ほど、内側の人間には古びて見えます。毎日見ているのだから当然です。
しかし外から見れば、それは古さではなく目印です。トロピカーナのストローが、まさにそうでした。
この錯覚は、発注者にも私たち作り手にも等しく起こります。資料を何十回も見ているうちに、「そろそろ変えたほうがいい」という感覚だけが育っていく。それが市場の要請なのか、内側の飽きなのかを、切り分ける工程が必要です。
2. 画面の中と、売り場では距離が違う
私たちがデザインを検討するとき、モニターまでの距離は50cmほどです。原寸で、正面から、じっくり見ます。
一方、棚の前に立つ人との距離は2mほど。しかも通りすがりです。同じ時間をかけて見てもらえるわけではありません。
この差を検証する工程が抜けたまま、モニター上の完成度だけで判断が進むことがあります。実寸で出力して、棚に近い環境に置いて、離れて見る。地味な作業ですが、これを飛ばすと画面の中でしか成立しないものができます。
3. 新規に寄せると、既存の道しるべが消える
リニューアルの動機は、たいてい「新しい客層に届けたい」です。動機としては正しい。
問題は、新規に寄せる過程で、既存の顧客が使っていた手がかりまで一緒に消してしまうことです。
結果として起こるのは、最悪の組み合わせです。新しい客は増えず、いつもの客は商品を見つけられなくなる。変えるものを決める前に、その会社にとって変わらないものは何かを見つける。私たちは、この順番を崩さないようにしています。
4. 会議室で拍手されたものが、店頭で選ばれるとは限りません
プレゼンで案を評価するのは決裁者です。しかし実際に買うのは、その場にいない別の人です。
会議室では、説明があります。背景も、意図も、狙いも語られる。その状態で見れば、たいていの案は良く見えます。売り場に説明はありません。
ここで止めるのは、本来は私たち作り手側の責任でもあります。「この案は説明つきでは強いですが、説明なしでは弱いかもしれません」と言えるかどうか。決裁が下りた案を、決裁者以外に見せる工程を組み込めるかどうか。それを設計するのは制作側の仕事です。
5. 引き返す条件を決めずに、全面切り替えしてしまう
トロピカーナもGAPも、最終的には引き返しています。判断としては早いほうです。
それでも損失が大きかったのは、全面的に切り替えた後だったからです。「どうなったら戻すか」を先に決めていれば、傷はもっと浅く済みました。
方法は他にもあります。地域や店舗を限定して先行導入する、既存の要素を一部残したまま移行する、期間を区切って並行させる。段階導入という選択肢は必ずあります。それを提示せずに全面切り替えを前提にしてしまうのは、私たちの側の怠慢です。
では、どう検討すればいいか
私たちがリニューアルの相談を受けたとき、最初に確認するのは「なぜリニューアルしたいのか」です。
多いのは「陳腐化してきた」「Webサイトが老朽化した」という動機です。だから新しくしたい。理由としては自然なものです。
ただ、「リニューアルして何を実現したいのか」まで答えられる方は、意外に多くありません。起点が「イメージを良くしていきたい」という要望であることが多いためだと考えられます。
そこから少しずつ紐解いていきます。この先に何を目指すのか。誰に、何を伝えたいのか。
そして必ず議論するのが、認知をどう作っていくのかです。ここがすっ飛ばされたまま制作に入ってしまう例が、多い印象があります。ただ、それを確認しないまま引き受けてしまえば、私たちの側の問題でもあります。
認知が抜けると、リニューアルは「作って終わり」になります。認知をどう獲得し、そこからイメージをどう転換し、目指すゴールにどう結びつけるのか。この順路を最初に確認します。目的から逆算して設計するという考え方については、なぜ私たちは、ブランディングも空間も映像も分けないのかでも書いています。
もうひとつ、必ず行うのが「変わらないものは何か」を見つける作業です。
これは「変えないものを決める」ということではありません。変える・変えないの判断は、あくまで手段です。決めるのではなく、すでにその会社の中にあるものを見つける作業だと考えています。
どこから見つけるか。会社の理念、大事にしていること、そして社員の方が何気なく使っている言葉や考え方です。
そのあたりから紐解いていくと、その会社にとって変わらないものが、少しずつ輪郭を持ってきます。
この作業をしておくと、後の判断が変わります。
たとえば制作の途中で、「ここの色味を変えてほしい」という要望をいただくことがあります。ブランドカラーに準じて設計している箇所であれば、私たちは「ここは変えません」とお伝えします。
そのうえで、なぜ変えたいのかを伺います。理由が「なんとなく」ということであれば、そのまま元に戻す。変わらないものがはっきりしていれば、感覚的な要望に対しても、根拠のある返事ができます。
そして最後に、リスクを見積もります。今回の2つの事例に足りなかったのは、ここではないかと考えています。
マーケティングリサーチをもっと進めてからローンチする道も、あったのではないかということです。既存のファンがどれだけいるのかを踏まえた収益の見込み、つまりリスクの査定が弱かったのではないでしょうか。
トロピカーナは、既存顧客が多いブランドでした。その規模を数字で見積もっていれば、判断は変わっていた可能性があります。
デザインは投資です。失敗する条件は、先に潰せます
デザインは費用ではなく投資です。投資である以上、リターンが出る条件と、出ない条件があります。
ここまで見てきた論点は、いずれも制作が始まる前に潰しておけるものでした。何のために変えるのか。何が変わらないのか。どこで検証するか。どうなったら引き返すか。
この4つに答えを出しておく作業は、デザインの前工程です。 そして、リブランディングの成否は、その前工程でほとんど決まると私たちは考えています。