ブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのか
ブランドガイドラインとは、ブランドをどう見せ、どう伝えるかの決めごとをまとめたものです。ロゴの使い方だけを指すものではありません。
使うのは、社内の担当者と、社外の制作者です。決めごとが共有されていれば、誰が作っても同じ会社のものに見えます。共有されていなければ、作る人の数だけ見え方が増えていきます。
この記事では、何を書き、何を書かないかをお伝えします。そのうえで、作ったあとに何が起きるかを書きます。
ブランドガイドラインとは何か
呼び名はいくつもあります。ブランドブック、デザインマニュアル、レギュレーション、VIマニュアル。会社によって呼び方が違うだけで、指しているものは近いところにあります。
私たちは、これを「決めごとの集合」として捉えています。
この捉え方が、あとの章で効いてきます。ひとつの言葉ではなく、独立した決めごとがいくつも束ねられたもの。だから、束のなかの一部だけが守られたり、逆に一部だけが忘れられたりします。全体が生きているか死んでいるか、という見方では実態に合いません。
コンセプトのような一文とは、そこが違います。一文は、意味が分からなくなれば使えなくなります。そこで止まるので、止まったことに気づけます。決めごとの集合は、意味が分からなくなっても、書いてある通りに実行することができてしまいます。この差が、壊れ方の違いを生みます。
もうひとつ、ガイドラインは判断を減らすための道具です。毎回ゼロから考えなくて済むように、先に決めておく。だから、判断が要らなくなること自体は目的どおりです。目的を果たしている状態と、機能していない状態が、外からは同じに見える。ここが、この道具の扱いにくいところです。
何を書くか
中身は四つに分けられます。上の三つはよく見かけますが、四つめが抜けていることがあります。
| 区分 | 中身 |
|---|---|
| 見え方 | ロゴ、色、書体、写真、余白 |
| 言い方 | 呼称、文章の調子、使わない言い回し |
| 使う場面 | 適用範囲、優先順位、例外の扱い |
| 判断のしかた | 迷ったとき誰に聞くか |
見え方は、想像しやすい部分です。ロゴを小さく使うときの下限、余白の取り方、使ってよい色の組み合わせ。数字で書けるので、決めやすくもあります。ガイドラインと聞いて思い浮かぶのは、この範囲です。
言い方は、見え方より抜けやすい部分です。会社の呼び方(正式名称か略称か)、文末の調子、業界用語を使うかどうか、社名を英語で書くか日本語で書くか。制作物の印象は、書体より文章で決まることがあります。同じデザインでも、載っている文章の調子が違えば、別の会社のものに見えます。
使う場面は、範囲の話です。すべてに同じ強さで適用するのか、社外向けだけ厳しくするのか。優先順位を決めておかないと、名刺と展示会のブースに同じ厳密さを求めることになります。守れない決めごとが混ざると、守れる決めごとまで軽く扱われます。
四つめの「判断のしかた」が、この記事の中心につながります。書いていないことが起きたとき、誰に聞くのか。ここが決まっていないガイドラインは、書いてある範囲の外で止まります。そして、実務で起きることは、書いてある範囲の外に出ます。想定していた通りの場面だけが来ることは、まずありません。
何を書かないか
厚くすると読まれなくなる。これはよく言われることで、その通りです。ただ、そこから先の「では何を削るのか」は、あまり具体的に書かれていません。
削ってよいものが三つあります。
ひとつめは、一度しか起きない事例への個別対応です。ある年の展示会でこう処理した、という記録は、次に同じことが起きるとは限りません。本体に混ぜると分量が増え続けるので、事例集として別に持つほうが本体を軽く保てます。
ふたつめは、現場が判断すべき粒度のことです。写真に写る小物の色まで決めると、決めた人の想定外の状況で誰も動けなくなります。細かく決めるほど守られる、とはなりません。細かすぎる決めごとは、守れないという理由で無視され、そのとき隣にある重要な決めごとも一緒に無視されます。
みっつめは、決めた人の好みです。根拠を説明できない決めごとは、聞かれたときに答えられません。答えられない決めごとは、次の章で書く壊れ方の材料になります。
逆に、削ってはいけないものがあります。「なぜそう決めたか」の理由です。
項目を減らすとき、説明が先に落とされます。結論だけのほうが短いからです。ただ、理由が落ちた決めごとは、受け取った人には根拠のない指示として届きます。従うことはできますが、応用はできません。項目を削って、理由を残す。この順序が逆になっていることがあります。
なお、何を削るかを発注した側だけで決める必要はありません。どれが本体でどれが事例かを仕分ける材料を出すのは、作った側の仕事です。分量が多いという相談を受けたときに、削る候補とその根拠を示せるかどうかが分かれ目になります。
ガイドラインは、2通りに壊れる
使われなくなる形と、使われているのに中身が失われる形。方向が逆なので、対処も逆になります。
無視される
作ったのに、その通りに作られていない状態です。制作物を並べれば分かるので、気づかれます。気づかれるという点では、扱いやすい壊れ方です。
原因は、人ではなく体制にあります。私たちが見てきた範囲では、二つの形があります。
ひとつは、担当者ごとに委託先が変わる場合です。部署が別々に発注していると、それぞれの制作者がそれぞれの解釈で作ります。このとき、全体を統一する主体が社内にいません。ガイドラインを渡す人はいても、渡した結果を突き合わせる人がいない。出てきたものが揃っていないことに、誰も気づかないまま進みます。
各担当者に悪意はなく、それぞれの範囲では仕事をしています。ただ、範囲が分かれていること自体が原因なので、担当者に注意しても直りません。
もうひとつは、「作業だけやってほしい」という形の発注です。決まったものを形にするところだけを頼むと、ガイドラインを読んで解釈する工程が発注の範囲から外れます。解釈する人がいなければ、書いてあることの意図は伝わりません。書いてある通りに作ることはできても、書いていない場面では判断がつきません。
この二つめは、ブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方で書いた「制作会社型は決める工程が抜ける」と同じ構造です。決める工程を買わずに作る工程だけを買うと、決めごとを扱う人が誰もいなくなります。
理由が失われたまま守られる
こちらは気づかれません。守られているからです。誰も反対せず、点検にも引っかかりません。
起きているのは、こういう状態です。昔から続いている決めごとがある。誰がいつ決めたのかは分からない。それでも守られている。理由を聞かれても、答えられる人がいない。
守られていることが、機能している証拠だと読まれます。ただ、実際には判断が止まっているだけ、ということがあります。決めごとの意味が分からなくても、書いてある通りに実行はできる。1章で書いた「決めごとの集合」という性質が、ここで効いてきます。一文なら止まるところで、集合は止まらずに動き続けます。
このとき困るのは、変えるべき場面で変えられないことです。事業が変わり、売る相手が変わっても、決めごとだけが残ります。理由が分からないので、変えてよいかどうかを誰も判断できません。結果として、現実に合わなくなった決めごとが守られ続けます。
「これは守ってください」と伝える担当者を、思考停止として扱うのは違うと考えています。その人も、理由を渡されないまま受け取っています。説明できないのは、説明を受けていないからです。原因は人ではなく、理由が引き継がれない仕組みのほうにあります。
そして、理由が引き継がれないのは、引き継げる形で渡さなかった側の問題でもあります。ガイドラインに「なぜそう決めたか」が書いていなければ、渡す人も理由を持っていません。3章で「理由を残す」と書いたのは、ここに効かせるためです。
私たちがブランディングでやっているのは、変わらないものを外から持ち込むことではなく、すでにあるものを見つける作業です。誰も理由を知らない決めごとは、見つけたものではありません。ただ残ったものです。この違いは、リブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないで書いた構造と重なります。
壊れ方の見分け方
自社がどちらの状態にあるかは、確かめられます。ただし、二つで難しさがまったく違います。
沿っているかを見る
無視されている場合の判定です。手元の制作物を並べて、ガイドラインと突き合わせるだけで済みます。
名刺、封筒、サイト、提案資料、展示会のパネル、採用ページ。決めた通りになっているかを見ます。見れば分かるので、判定に手間はかかりません。用意するのは制作物だけで、誰かに時間を取ってもらう必要もありません。
ここで見ているのは適合であって、良し悪しではありません。「なぜこの形なのか」を問う判定は、ブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方の6章にあります。あちらは聞かないと分からない判定で、こちらは見れば分かる判定です。
揃っていない箇所が見つかったら、いつ作られたものかを確かめます。時期が固まっているなら、そのときに何かが変わっています。担当が替わったか、委託先が増えたか。散らばっているなら、渡す仕組みのほうに原因があります。
理由を答えられる人がいるか
こちらが難しい判定です。外から見るとうまくいっているように見えるので、探しに行かないと見つかりません。
問いはひとつです。
その決めごとについて「なぜそう決めたか」を答えられる人が、いま社内にいるか。
答えられる人がいないまま守られているなら、それは機能ではなく惰性です。
全部の決めごとについて確かめる必要はありません。いちど決めたきり長く変えていないもの、由来を聞いたことがないもの。そのあたりから当てていくと、早く見つかります。
補助的な兆候が三つあります。例外を求められたときに、可否を判断できる人がいない。「昔からこうなっている」が説明として通用している。更新した記録が残っていない。
三つとも、ガイドラインそのものを見ても分かりません。運用している人に聞かないと出てきません。この判定に手間がかかるのは、そのためです。
なお、この判定に自力で答えられないガイドラインがあるとすれば、理由を書き残さずに納品した側にも原因があります。理由を残す形で渡すところまでが、作った側の仕事です。
使われ続けるための条件
決めた人がいなくなっても回るか。これが基準になります。
理由とセットで渡すこと。これが前章までの帰結です。決めごとだけを渡すと、渡された人はそれを前提として扱うしかありません。理由が付いていれば、状況が変わったときに判断できます。判断できる人が増えるほど、決めごとは長く使えます。
更新できる形にすること。完成版として固めると、直せなくなります。事業も商品も変わるので、決めごとも変わります。変えられないものは、いずれ現実と合わなくなり、守れないものになります。製本された冊子だけで渡すと、この形になりやすくなります。
例外の出し方を先に決めておくこと。例外は必ず出ます。出たときの手順が決まっていないと、そのつど個別に判断され、判断した記録も残りません。次に同じ場面が来ても、また同じ議論をします。例外を認める手順があるほうが、結果として守られます。禁じるより、通り道を作るほうが実務では効きます。
判断の窓口を決めること。2章の四つめに書いた「判断のしかた」が、ここに戻ってきます。書いていないことが起きたときに聞ける先があれば、勝手な解釈は減ります。窓口が忙しくて答えが返らない状態が続くと、聞かずに進むようになるので、応答の早さも条件のうちです。
なお、こうした運用の形まで含めて設計するのは、作った側が最初に提案すべきことです。納品物を渡して終わりにすると、更新の仕組みは誰も持たないままになります。
作るタイミング
社長が全部を見られなくなったときが、ひとつの目安です。
人が増えて、作られるものすべてに目が届かなくなる。委託先が複数になる。事業や商品が増えて、見え方が分かれ始める。このあたりで、決めごとを言葉にする必要が出てきます。それまでは、その場で確認するほうが早く済みます。
逆に、早すぎることもあります。何を約束するかが決まっていない段階でガイドラインを作ると、根拠のない決めごとの束になります。色や書体は決められますが、なぜその色なのかが説明できません。作った時点ですでに、前章の二つめの状態に入っています。
その場合は、先に決めるものがあります。誰に何を約束するのかです。順序としてはブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方が先で、ガイドラインはそれを形にする段階のものです。
タイミングを外すと、前章の壊れ方に直行します。早すぎれば、理由が共有されないまま決めごとだけが配られます。遅すぎれば、すでにばらばらになったものを後から縛ることになり、現場は納得しないまま従うことになります。
誰が運用するか
決めるのは、担当者の名前だけではありません。
いつ見直すか。新しく入った人に、誰がどこで渡すか。決めごとと実態がずれたときに、誰が言い出すか。委託先が変わるときに、誰が引き継ぐか。ここまで決めて、ようやく作る作業が終わります。
見直す時期は、期間で決めるより、出来事で決めるほうが動きます。事業が増えたとき、主力商品が変わったとき、委託先が替わったとき。日付だけを決めると、その日が来ても誰も動かないことがあります。
渡す場面を決めておくのも同じです。入社時の説明に入れるのか、案件が始まるときに渡すのか。渡す場面が決まっていなければ、渡し忘れは起こります。
最後の項目が、無視される形への対処にあたります。担当者ごとに委託先が変わっても、渡す人と突き合わせる人が決まっていれば、ばらばらにはなりません。変えるのは発注のしかたではなく、誰が全体を見るかです。部署をまたいで一人が見る形にすれば、発注の分かれ方はそのままでも揃います。
この工程は、リブランディングとは。意味・進め方・費用・判断のタイミングの工程6(定着)にあたります。使い方が共有されていないものは、いつのまにか元に戻ります。誰が運用するのかまで決めて、完了です。
なお、社内に全体を見る人がいるかどうかは、引き受ける前に確かめられます。いないまま渡せば、渡した先でばらばらになることは分かっています。確かめずに着手したのなら、その結果は引き受けた側も引き受けています。
使われている状態を保つ
ガイドラインは、作った時点では何も決まっていません。決まるのは、それが使われたときです。
壊れ方は逆方向に二つあります。無視されるほうは目に見えるので、気づけば直せます。理由が失われたまま守られるほうは、外から見ると問題なく回っています。探しに行かなければ見つかりません。
そして、後者のほうが直すのに時間がかかります。決めごとは残っているのに、なぜそう決めたかを知る人がいないので、書き戻す材料を集めるところから始めることになります。
だから、守られていることは、まだ答えではありません。確かめるべきは、その決めごとの理由を答えられる人が、いま社内にいるかどうかです。