中小企業のブランディング。決めたあとに時間を使う進め方
中小企業のブランディングとは、限られた人と時間のなかで、自社が何者として選ばれるかを決めていく取り組みです。
大企業とは、時間を置く場所が違います。大企業は決めるまでに時間を使い、中小企業は決めたあとに時間を使います。工程を小さくするのではなく、時間を置く場所を変える。それが、この記事でお伝えする進め方です。
ブランディングが進まないという相談を受けます。原因は体制でも予算でもありません。大企業向けにできた進め方を、そのまま持ち込んでいることです。
大企業とは条件が逆になる
決断の速さと、継続の力。この二つが、大企業と中小企業では逆になっています。
| 決めるまで | 決めたあと | |
|---|---|---|
| 大企業 | 遅い。決める人が複数いて、部門ごとに事情が違う | 続く。専任の担当と運用の体制がある |
| 中小企業 | 速い。社長が判断すればその日に決まる | 続かない。専任がおらず、決めた人が別の仕事も持つ |
大企業のブランディングの進め方は、この表の左上を埋めるためにできています。調査、競合分析、ワークショップ、合意形成。どれも、決めるのが遅いという弱点を埋める工程です。
右上は、工程に入れなくても埋まります。専任のチームがいて、運用の予算が付いているからです。大企業の進め方が制作で終わってよいのは、その先を担当する人が社内にいるからです。
中小企業は、これがそっくり逆になります。
左下、つまり決めるまでの工程は、埋める必要がありません。社長が判断すれば、その日に決まるからです。稟議も、部門間の調整も、社内向けの説明資料も要りません。
ここが、この記事の要点です。右下、つまり決めたあとは、工程に入れなければ埋まりません。専任がいないので、決めたあとに誰も見ないからです。決めた言葉は残るのに、日々の判断では使われない。中小企業の進め方が制作で終わってはいけないのは、その先を担当する人が社内にいないからです。
だから、工程を小さくするだけでは足りません。前半を削って、後半を足す。時間の置き場所を、左から右へ移すことになります。
進まないときに起きていること

ブランディングが「進まない」と言われる状態は、三つに分かれます。原因が違うので、打ち手も違います。
一つめは、ブランディングが始まっていない状態です。必要だとは思っているが、着手していない。ここで止まっているなら、問題は何を決めるかではなく、誰がいつ決めるかです。
二つめは、始めたが止まった状態です。調査をした、ワークショップをやった、資料ができた。そこから先に進んでいません。成果物はあるのに、日々の仕事が変わっていない。
三つめは、作ったが使われていない状態です。ロゴができ、サイトができ、ガイドラインもある。ただ、判断の場でそれらが使われていません。案件を受けるかどうかを決めるとき、見積もりを出すとき、採用の合否を決めるとき。そこで持ち出されないなら、掲げてあるだけです。
二つめと三つめは、外から見ると同じに見えます。どちらも「やったのに変わらない」からです。打ち手が逆になるので、自社がどちらかを先に見分けます。
見分けるには、直近で判断が割れた場面を思い出して、そこで何を根拠に決めたかを辿ります。判断の根拠を見れば、決まった言葉が社内にあるのか、それとも無いのかが分かるからです。
判断の基準になる言葉が社内にないなら、二つめです。決める工程に戻ります。決め方はブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方に書いてあります。
根拠が声の大きさや役職だったなら、三つめです。決まったものを使う場所が決まっていません。「決めたあとに時間を置く」の章が、そこにあたります。
見た目を作り直しても変わらなかった、という形もあります。この構造はリブランディングが失敗するとき、デザインは悪くないで書いたとおりです。原因はデザインの手前にあります。
大企業向けの進め方が持ち込まれる
私たちのような受注側が大企業向けの進め方を持ち込むと、止まる場所は決まっています。最初の工程、つまり調査と合意形成です。
止まる理由は、その工程が前提にしている条件が、中小企業では揃っていないからです。大企業の調査は、決める人が複数いる会社で合意をつくるための材料集めです。合意する相手が社長ひとりなら、集めた材料を使う場面が来ません。条件の揃わない工程に人手と日程を割り当てるので、そこで詰まります。
具体的にはこうなります。調査に人手が割けない。ワークショップの日程が揃わない。合意形成の相手が、そもそも社長ひとり。社長が決めればその日に終わる話に、三ヶ月の工程が引かれます。そして日常業務が優先され、次の打ち合わせが延び、そのまま止まります。
止まったとき、原因はその会社にあると説明されます。優先度が低い、体制がない、社長が忙しい。どれも事実ですが、原因ではありません。その体制でも回る進め方を選んでいれば、止まりませんでした。
これは他社の話ではありません。私たちも、提案の形を大企業向けのまま出したことがあります。工程表を作り、フェーズを分け、調査から始める。その形のほうが提案として整って見えるからです。相手の体制に合わせて工程を組み直さずに、標準の工程表をそのまま出すなら、それは提案ではなく手続きの説明です。
次の章から、その組み直した形を書きます。その前に、避けたい形を挙げます。
やってはいけないこと
一つめは、見た目から入ることです。ロゴやサイトを先に作り、何を約束するかを後から考える。
この順番だと、制作の締切が決める締切になります。印刷や公開の日は動かせないので、その日までに出た案が採用されるからです。そして選ぶ基準がまだ無いので、決め手は好みになります。あとから「なぜこの形か」と聞かれても、答えが出てきません。
さらに、作ったものは残ります。次に何かを作るとき、前に作ったものに合わせることになるので、定まる前に作ったものが、あとから基準になります。
そのあとで何を約束するかを決めると、先に作ったものと食い違います。ここで、作り直すか、約束のほうを既にあるものに合わせて曲げるかになります。作り直せば費用が二重にかかり、曲げれば決めた意味がなくなります。どちらを選んでも損が出ますが、順番を戻すだけで避けられる失敗です。
代わりにやることは、作る日を先に決めないことです。何を約束するかが一文になってから、制作の日程を引きます。順番を入れ替えるだけで、決め手が好みから基準に変わります。
二つめは、全社を巻き込もうとすることです。参加した人の数だけ自分の言葉になる、というのは確かです。ただ、人数が増えるほど日程が揃わなくなります。専任がいない会社では、全員を集める日が来ないまま止まります。
代わりにやることは、巻き込む範囲を先に決めることです。部署ごとに一人でも入っていれば、伝える経路はその人の分だけできます。広げるより先に、決めます。
三つめは、一度で終わらせることです。決めた言葉も、作ったものも、置いておくと使われなくなります。人が入れ替われば、決めた過程を知らない人が増えるからです。結論だけを渡された人にとって、それは外から来た言葉になります。
代わりにやることは、決めた理由を一緒に残すことです。理由があれば、あとから入った人も、状況が変わったときに自分で判断できます。
三つとも、大企業では起きにくい失敗です。制作の締切に引きずられないだけの工程が組まれていて、全社を集める仕組みがあり、運用する担当がいるからです。
決めるまでを短くする

決めるまでにやるのは、聞くこと、絞ること、言い切ることです。
聞く。社長に、直近で断った案件とその理由を挙げてもらいます。断った理由を聞くのは、そこにその会社の判断基準が出ているからです。何を選んだかより、何を選ばなかったかのほうに、基準がはっきり出ます。選んできた取引先と、譲らなかった条件についても、同じように聞きます。
社長への質問が終わったら、社員に聞きます。質問はひとつです。「うちは、どういうお客さんに向いている会社ですか」。会議ではなく、個別に聞きます。同じ場で聞くと、先に話した人の答えに寄ってしまい、揃っているのかどうかが分からなくなるからです。
ここまでが、大企業でいう調査にあたる工程です。ただし、大企業の調査とは目的が違います。集めるのは合意のための材料ではなく、すでに社内にある判断基準です。それを言葉にして取り出すだけなので、外から情報を持ってくる必要がありません。
絞る。集めた材料には、社長の言葉と社員の言葉が混ざっています。そこから、自社にしか言えないものを選びます。
選び方の基準は、他社の名前を入れ替えても成立するかどうかです。「お客様第一」「品質にこだわる」は、どの会社に入れ替えても成立します。成立するなら、その会社を選ぶ理由にはなっていません。
この作業をすると、残るものは少なくなります。少なくて不安になりますが、少ないほうが判断には使えます。候補が五つ残っているなら、絞る作業が途中で止まっています。
言い切る。残ったものを、誰に何を約束するかという一文にします。一文にするのは、判断の場で思い出せる必要があるからです。会議の途中で口に出せない長さなら、その場では使われません。
そして、約束しないことを決めます。速さを約束したなら、時間のかかる丁寧さは選べません。両方を約束すると、どちらも約束になりません。約束しないことが決まって、はじめて断る基準になります。
私たちが中小企業と進めるとき、ここまでで二週間から一ヶ月です。打ち合わせの回数でいえば、三回から四回。社長と担当者の二人で進められます。
揃っていないときは、どう揃えるか
前の章の工程で、社長の答えと社員の答えが揃わないことがあります。ここでつまずく会社が出ます。
揃わない状態には、二種類あります。社長の考えが社員に伝わっていない場合と、社長自身のなかで決まっていない場合です。打ち手が違うので、どちらかを先に見ます。
社員の答えがばらばらでも、社長の答えが一本なら、前者です。伝わっていないだけなので、伝える場を作れば揃います。このとき、社長が決めた言葉を、決めた理由と一緒に渡します。理由が付いていないと、受け取った側は結論だけを暗記することになり、少し違う場面で使えないからです。
社長の答え自体が場面ごとに変わるなら、後者です。この場合、社員に伝えても揃いません。伝える中身が定まっていないので、伝えるほど解釈が増えるからです。先に社長のなかで決める必要があります。
決め方は、前の章の「絞る」と同じです。断った案件を並べて、そこに共通の基準があるかを見ます。基準が見つからないなら、まだ決まっていません。そのときは、決めていないと認めるところから始めます。決まっていないものを決まったことにして進むと、あとで全部やり直しになるからです。
社員に伝える場は、大掛かりなものでなくても構いません。「やってはいけないこと」で書いたとおり、範囲を先に決めたほうが日程は揃います。
伝えたあと、もういちど個別に聞きます。答えが重なっていれば、揃っています。一言一句が同じである必要はありません。同じことを指しているかどうかを見ます。むしろ全員が同じ文を暗記している状態は、自分の言葉になっていない兆候です。
この工程の詳しい進め方は、インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方にまとめています。採用や日々の判断にも効く作業なので、ブランディングの予算と切り離して考えたほうが進みます。
決めたあとに時間を置く

ここからが、大企業の進め方には入っていない部分です。
大企業の工程は、制作で終わります。方針を固めて、ロゴやサイトを作って、納品する。その先は専任のチームが引き受けます。
中小企業には、その担当がいません。なので、決めた後に何をするかまでを工程に入れます。ここが、時間を置く場所を左から右へ移すという意味です。
やることを順に書きます。
使う場所を決める。見積もりを出すとき、案件を受けるかを決めるとき、採用の合否を決めるとき、制作物の案を選ぶときなど。具体的な場面を挙げて、そこで使うと決めます。「意識する」では使われません。場面が決まっていないものは、思い出す機会がないまま、決めた直後から使われなくなるからです。
見る人を決める。決めるのは担当者の名前だけではありません。いつ見直すか、新しく入った人に誰がどこで渡すか、実態とずれたときに誰が言い出すか。専任を置く必要はありませんが、誰が見るかは決めます。決めないと、誰の担当でもなくなるからです。
理由を残す。残すのは、決めた言葉だけではありません。何を候補にして、なぜそれを選ばなかったのか。選ばなかったほうの記録が効きます。あとから入った人が、状況が変わったときに自分で判断できるからです。
制作物を作るのは、この三つを決めたあとです。順番を逆にすると、作ったものの使い方が誰にも分からないまま納品されます。ガイドラインの扱いはブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのかに書いたとおりです。
工程の全体を並べると、こうなります。
| 工程 | 大企業 | 中小企業 |
|---|---|---|
| 調べる | 定量調査・競合分析。合意をつくる材料として要る | 社長と社員に聞く。すでにある判断基準を言葉にする |
| 決める | 全社で合意形成 | 決める人が決める |
| 作る | 方針を固めてから制作 | 同じ |
| 続ける | 専任チームが運用する | 使う場所と、見る人と、理由を決める |
左の流れは制作で終わり、右の流れは続けるところまで入っています。小さくしたものではない、というのはこの意味です。
体制については、参考になる調査があります。2022年版「中小企業白書」第2部第2章第1節では、デザイン経営に既に取り組み定着している企業の体制を調べており、「経営者がデザイン責任者」と回答した企業の割合が、他のどの体制よりも高くなっています(第2-2-13図)。デザイン経営はブランディングと同じものではありませんが、定着している会社では経営者が判断の位置にいる、という形が示されています。
「4要素」と言われているもの
ブランディングを検索すると、要素を四つに整理した説明が出てきます。ターゲットを明確にする、選ばれる理由を明確にする、組織に浸透させる、自社の価値を体現する。この形のものです。
ただし、この四つで揃っているわけではありません。別の説明では、デザインの構成要素として四つを挙げています。中身が違います。そして、同じことを三つの要素として説明しているものもあります。
中身以前に、いくつあるかが揃っていません。
どの説明が間違っているという話ではありません。ブランディングという言葉が広い範囲を指すので、どこを切り取るかで数が変わるからです。誰に向けて言うかを切り取れば四つになり、伝え方の側から切り取れば別の四つになります。
要素の整理は、抜けを探す点検には使えます。ただ、当てはめた結果として何をするかは、別に決めることになります。この記事の「決めるまでを短くする」から「決めたあとに時間を置く」までが、そちらです。
外に頼むかどうかの判断

全てを外に頼む必要はありません。頼まないほうが早い部分もあります。
社長の考えを言葉にする工程は、外の人がいたほうが進みます。本人には当たり前になっていることが、聞かれてはじめて言葉になるからです。ここは頼む価値があります。
社員に聞く工程は、社内でもできます。ただ、社内の人が聞くと、答える側が立場を意識します。外の人に聞かれたほうが、素直な答えが出ます。どちらを取るかは、社内の関係によります。
作る工程は、外に頼むことになります。ロゴ、サイト、資料。技術が要るので、内製できる会社は限られるからです。
続ける工程は、社内でやります。外に置くと止まるからです。使う場所と見る人を一緒に設計するところまでは外の人が入れますが、動かすのは社内です。
どの型の会社に頼むかは、ブランディング会社の選び方。4つの型と、自社に必要な型の見分け方に書いてあります。決める工程から頼むのか、作る工程だけを頼むのかで、選ぶ相手が変わります。
そして、いま頼まないほうがよい場合があります。事業の方向が変わっている最中、主力商品が入れ替わる時期、資金繰りが詰まっているとき。決めても、決めた前提のほうが先に変わるからです。この判断はパーパス経営とは。「意味がない」と言われる理由と、中小企業での使いどころでも扱っています。時期が合っていないと伝えるのは、引き受けた側の仕事です。受けたほうが売上にはなりますが、止まった案件は実績になりません。
小さいことは、不利ではない
ブランディングが進まない原因は、規模ではありません。大企業向けにできた進め方を、そのまま持ち込んでいることです。
大企業の工程は、決めるのが遅いという弱点を埋めるためにできています。中小企業にはその弱点がないので、前半は要りません。代わりに、続ける体制がないという弱点があります。だから後半に時間を置きます。
決めるまでは二週間から一ヶ月。そのあと、使う場所と見る人と理由を決める。この形なら、専任がいなくても続きます。