理念浸透とは。「浸透しない」の中身を分けて、打ち手を決める
理念浸透とは何か
理念浸透とは、理念が文書として存在するだけでなく、社員が日々の判断のなかで実際に使える状態になっていることです。掲げてあるかどうかではなく、迷ったときに引き合いに出されるかどうかで見ます。そして「浸透しない」と言われる状態には、いくつか違うものが混ざっています。どれなのかで、打つ手が変わります。
ビジネスの場で「浸透」と言うとき、指しているのは知っている人の数ではありません。知っていて、かつ使われている状態です。全員が暗唱できても、判断の場面で一度も出てこないなら、浸透しているとは言いにくくなります。「理解浸透」という言い方で調べる方もいますが、指しているところは同じです。
すでに何かを試したうえで、この記事にたどり着いた方が多いと思います。社内報に載せた、朝礼で読み上げた、カードを配った、研修を組んだ。どれも間違った打ち手ではありません。効く状態と、効かない状態があるだけです。
うまくいかないとき、次の一手として出てきやすいのは、同じ打ち手を強めることです。回数を増やす、対象を広げる、別の形で配る。それで動く場合もありますが、動かない場合もあります。違いは打ち手の強さではなく、社内で起きていることのほうにあります。
この記事では、金額を書きません。他社の名前も、事例も出しません。書くのは、「浸透しない」と言っているときに社内で何が起きているのかと、それぞれで打ち手がどう変わるかです。
「浸透しない」は1つではない
「理念が浸透しない」という一言のなかに、別々の状態が混ざっています。
分け方は、業界に定まったものがあるわけではありません。私たちは、こう分けて考えています。手を打つときに、やることがまったく変わる単位で切っています。
| 状態 | 社内で起きていること | 伝える量を増やすと |
|---|---|---|
| 1 | 言葉が届いていない | 効きます |
| 2 | 言えるが、自分の仕事と結びつかない | 一部だけ効きます |
| 3 | 意味は分かるが、使う場面がない | 効きません |
| 4 | 理念と、実際の指示や評価が食い違う | 逆に働きます |
| 5 | 理念の中身が、いまの事業と合っていない | 効きません |
理念浸透について書かれているものを読むと、打ち手は似ています。伝える機会を増やす、具体的な行動に落とす、表彰の場を作る、研修で話し合う。どれも状態1と2に効く打ち手です。
問題は、3から先です。同じ打ち手を続けても状態が変わらないとき、原因は打ち手の弱さではなく、当てている場所のほうにあります。そして4は、続けるほど悪くなります。ここだけは、止めるほうが早く直ります。
社内で複数の状態が混ざることもあります。部署によって違う、という形がよくあります。事業所が分かれていれば状態1のところと状態3のところが同時にあり、全社一律の打ち手を打つと片方にしか効きません。混ざっている前提で、どこがどれかを見るほうが早く進みます。
もっとも、どの状態なのかを依頼する側が仕分けるものではありません。「理念が浸透しなくて」と相談を受けたときに、それがどれなのかを聞き分けるのが、相談を受けた側の仕事です。聞かずに施策の話から始めるなら、当たるかどうかは運になります。
どの状態かを見分ける

見分けるのに調査は要りません。社員に聞けば分かります。聞き方だけ決めておきます。
言葉が届いていない
理念そのものを知らない状態です。入社時に一度見たきり、という人がいる。中途で入った人に伝える機会がない。事業所が分かれていて、片方だけ話が届いていない。
見分け方は単純で、言えるかどうかです。一言一句でなくて構いません。何を大事にしている会社かを、自分の言葉で言えるかを聞きます。言えないなら、この状態です。
この状態なら、伝える回数と場を増やすことが効きます。5つのうち、打ち手が素直に効く場所です。ここで止まっている会社は、実は少なくありません。決めたところで力を使い切って、伝えるところに手が回らなかった、という形です。
言えるが、結びつかない
言葉は言えます。ただ、自分の仕事とつながっていません。
ここと次の状態は、当事者にはどちらも「ピンとこない」として体験されます。外から見ても区別がつきにくいので、聞き方を分けます。
こう聞きます。「直近で、この言葉が当てはまると思った場面はありますか」
出てこないなら、この状態です。挙げようとすると一般論になるのも同じ兆候です。「お客様のためにという意味では、全部そうですね」と返ってくるとき、言葉は覚えられていますが、具体的な仕事と接続していません。
接続していない言葉は、暗記の対象になります。原文どおりには言えても、少し違う場面では使えません。ここに要るのは、言葉の側を具体に落とす作業です。どの場面で何をすることなのかを、仕事の単位で書き出す。営業なら見積もりを出すとき、制作なら案を選ぶとき、といった粒度まで下ろします。行動の指針として整理する形になります(ブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのか)。
分かるが、使う場面がない
同じ質問をして、場面が出てくるなら、この状態です。「あのとき、これに当てはまると思いました」と具体的に言える。
続けてもう一つ聞きます。「そのとき、それで何か変わりましたか」
ここで答えが止まります。思っただけで、口に出す場がなかった。出したが、話が先に進んだ。決めるときの基準は別にあった。納期、上司の指示、数字。
言葉と仕事は結びついています。結びついた先に、使う回路がないだけです。この状態で伝える量を増やしても、増えるのは知っている量で、使われる量ではありません。
要るのは、決める場に持ち込む形です。判断の場面で誰かが引き合いに出す、会議で選択肢を比べるときの軸に入れる、といった置き方になります。仕組みとしては小さいもので足ります。案を比べる資料に一行入れておく、迷ったときに立ち返る順番を決めておく。大がかりな制度にすると、運用のほうが目的になります。
指示や評価と食い違う
言葉は知られていて、意味も分かっていて、使いたい場面もある。ただ、実際に評価されることが別を向いています。
理念には長く付き合うと書いてあるのに、評価は今期の数字だけで決まる。丁寧にやると書いてあるのに、指示は締め切り優先で来る。この状態では、社員は使わないことを学びます。使うと損をするためです。
見分け方は、理念と評価のどちらを取るか迷った場面があるかを聞くことです。あるなら、この状態が混ざっています。答えにくい質問なので、上司が同席していない場で聞くほうが実際のところが出ます。
ここは5章で扱います。伝える量を増やすと、状態が悪くなる唯一の場所です。
中身が、いまと合っていない
理念が作られた時期と、いまの事業が違っている状態です。扱う商品が変わった、相手が変わった、会社を分けた。言葉はそのまま残っています。
見分け方は、その言葉で、いまの主力事業を説明できるかどうかです。説明が苦しいなら、浸透していないのではなく、合っていません。若い社員ほど早く気づきます。当時の事情を知らないぶん、書いてあることと目の前の仕事を、そのまま見比べるためです。
ここも、伝える量では動きません。6章で扱います。
配って解決するのは、どこまでか

伝える打ち手が効くのは、状態1と2までです。ここに線があります。
状態1は、知られていないだけなので、伝える機会を増やせば埋まります。状態2は、言葉を具体に落とす作業が要りますが、伝え方を変えることで届く範囲にあります。どの場面で何をすることなのかを書き足せば、接続が生まれます。
状態3から先は、伝える量の問題ではありません。受け取る側はすでに受け取っています。使う回路がない、使うと損をする、そもそも中身が合っていない。どれも、送る量を増やして届く場所にありません。
ここを混ぜたまま打ち手を選ぶと、効かない施策を続けることになります。しかも、施策を実施したかどうかは記録に残るので、進んでいるように見えます。社内報を何回出した、研修を何回やった。実施の記録は積み上がりますが、状態は動きません。
そして、記録が積み上がると、止めにくくなります。去年もやったことを今年やめると、後退したように見えるためです。効いていない打ち手ほど、続ける理由が説明しやすくなります。
社内に向けた取り組み全体の進め方は、別の記事に書いています(インナーブランディングとは。進め方と施策、効果の見方)。そこで書いたのは、着手する前にどう組み立てるかです。この記事は、すでに何かを打ったあとで、どこが詰まっているかを見る話になります。
なお、どこまでが伝える打ち手で届く範囲なのかは、依頼する側が調べることではありません。始める前に線を引いて示すのが、引き受けた側の仕事です。線を引かずに施策だけを並べると、効かなかったときに、量が足りなかったという話になります。
施策を増やすと悪くなるとき

状態4のときだけ、打ち手を足すと状態が悪くなります。
言っていることと、やっていることが違う。その状態で唱和を増やす、掲示を増やす、研修を増やす。すると何が起きるか。社員は言葉を疑うのではなく、言葉を掲げている側を疑うようになります。
理念そのものは、正しいことが書かれているのが普通です。だから、掲げられたときに反対する人はいません。ただ、そのあとの指示や評価が別を向いていると、言葉が守られていないことのほうが目立ちます。触れる回数が増えるほど、食い違いに気づく回数も増えます。
しかも、この状態は本人たちからは見えにくいものです。理念を決めた側は決めた場面を覚えていて、そのとおりに動いているつもりでいます。指示を出す側は、目の前の期限や数字に対応しているだけです。食い違いが見えるのは、両方を同時に受け取る立場、つまり現場の社員だけになります。
そして、一度そうなった言葉は、次に何かを掲げるときにも効いてきます。新しい取り組みが始まったときに、また同じだろうと受け取られる。打ち手が効かなくなるだけでなく、次の打ち手も効きにくくなります。
これは、誰かが手を抜いているから起きるものではありません。理念を決める場と、評価や指示を決める場が、別々に動いているだけです。別々に動けば、食い違いは自然に出ます。そろえる作業を誰もやっていない、という状態が近いと思います。
だから直す先は、伝え方ではありません。評価の項目と、日々出ている指示のほうです。理念に書いてあることが、評価される項目のどこにも入っていないなら、そこを入れる。指示が別を向いているなら、指示の出し方を見直す。手間はかかりますが、施策を増やすより効きます。
そして、施策では直らないと分かった時点で、そう言うのが引き受けた側の仕事です。伝える打ち手は依頼として分かりやすく、続けるほど請求も立ちます。止めましょうと言えるかどうかが、この状態では分かれ目になります。
理念の中身が合っていないとき

状態5は、浸透の話ではありません。中身の話です。
作られた時期には合っていた言葉が、いまの事業と離れていることがあります。創業のときの商売を前提に書かれている、当時の主力顧客に向いている、扱っていない領域の言葉が入っている。言葉は変わらないのに、会社のほうが動いたという形です。
この状態で伝える量を増やすと、社員は言葉と現実のあいだで説明を作ることになります。無理に接続させた説明は、人によって違うものになります。説明が人によって割れるのは、伝わっていないからではなく、接続の作り方が各自に任されているからです。
見分けたあとの判断は、作り直すか、いまのものを使える形にするかです。どちらが正しいという話ではありません。創業からの言葉に価値があって、解釈を足すだけで足りることもあります。事業が変わりきっていて、書き直すほうが早いこともあります。判断の材料は別の記事に書いています(企業理念とは。経営理念との違いと、作り直すときの判断)。
言葉の階層を整理し直す場合は、そのあとの決め方もあります(MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは。3つの違いと、矛盾したときの決め方)。
なお、これを浸透の相談として受けたまま進めるのは違います。中身の話だと分かった時点で、そう伝えるのが引き受けた側の仕事です。浸透の施策として引き受けるほうが、話は早く進みます。ただ、効かないと分かっているものを引き受けたことになります。
効いたと判断する材料

打ち手が当たっていたかどうかは、実施した回数では分かりません。
見るのは、判断の場面でその言葉が出てくるかどうかです。会議で選択肢を比べるときに引き合いに出される。迷ったときに、誰かがその言葉を持ち出す。新しく入った人に説明するときに使われる。使われた場面が増えているなら、当たっています。
言えるかどうかも見ますが、それだけでは足りません。言える人が増えて、使われる場面が増えていないなら、状態2か3のまま止まっています。そのときは、打ち手を足すのではなく、当てている場所を見直します。
確かめる間隔も決めておきます。打ち手を打った直後は、覚えている人が増えるので、動いたように見えます。時間を置いてから同じ質問をすると、残っているかどうかが分かります。
数値の目標は置きません。何割が言えるようになったかを測っても、状態3や4は動いていないことがあります。測れる数字と、変えたい状態が一致していないためです。
そして、何を見れば効いたと分かるのかは、始めてから考えることではありません。打ち手を決めるときに一緒に示すのが、引き受けた側の仕事です。先に決めていないと、実施した回数が成果として報告されます。
詰まっている場所から始める
「浸透しない」は、状態の名前ではありません。手応えがないことへの、感想に近い言葉です。
同じ言葉で呼ばれている中身は、5つに分かれます。知られていないのか、結びついていないのか、使う場面がないのか、実際の指示と食い違っているのか、そもそも中身が合っていないのか。伝える量を増やして効くのは、最初の2つだけです。
どれなのかは、社員に聞けば分かります。言えるか。当てはまると思った場面があるか。それで何か変わったか。理念と評価のどちらを取るか迷ったことがあるか。その言葉で、いまの事業を説明できるか。
詰まっている場所が分かってから、打ち手を決める。順番はそれだけです。