トーンアンドマナーとは。決めるのではなく、約束から翻訳する
トーンアンドマナーは、その場で決めるものではありません。すでに決まっていること、つまり誰に何を約束するかから、見え方と言い方に翻訳したものです。
決め方を探して来られた方が多いと思います。手順は要ります。色を選び、書体を選び、文章の調子を決める。その作業は誰かがやります。ただ、手順を動かすには入力が要ります。何から訳すのかが決まっていないと、選択肢を絞れません。
そして、訳したものが合っているかを判断できるのは、元を持っている側です。作る側だけで見ると、良いか悪いかの話になります。
この記事で書くのは、言葉の意味と、訳す元が何なのか、そして訳したものを誰がどう見るかです。決め方の手順そのものは、探せば出てきます。
トーンアンドマナーとは何か
トーンアンドマナーとは、見え方と言い方をそろえるための決めごとです。どこで見ても同じ会社のものだと分かる状態を作るために置きます。
英語の Tone and manner をそのまま持ってきた言葉です。tone は調子、manner は作法にあたります。もともとは広告の表現をそろえる文脈で使われていました。媒体が違っても、同じ発信元だと分かるようにする。そこが出発点です。
ブランドの中では、外に出す形の部分にあたります。何を約束するかを決めたあと、それを目に見える形と、読める言葉にする。その形と言葉の決めごとが、トーンアンドマナーです。
使うのは、作る人です。社内で資料を作る人、サイトを更新する人、外の制作会社。人数が増えるほど、決めごとがないと形が分かれていきます。逆に言えば、作る人が一人しかいない会社では、決めごとがなくても揃います。その一人がいなくなったときに、初めて必要になります。
必要になる時期も、そこで決まります。人が増えたとき、外に頼み始めたとき、媒体が増えたとき。どれも「同じ人が全部作る」状態が終わる場面です。
会社の取り組み全体のどこに当たるかは、企業ブランディングとは。何本の仕事に分かれ、どこから手をつけるかに書いています。この記事で扱うのは、決めたことを形にする段階です。
言い換えと、呼び方の違い
同じものを指す言葉が、いくつもあります。呼び方によって、指している範囲が少し変わります。
トンマナは、トーンアンドマナーを縮めた言い方です。社内の会話ではこちらが使われます。トーンマナーも同じもので、アンドが落ちた形です。トーン&マナーと書かれることもあります。どれも指しているものは同じです。
範囲が変わるのは、トーン・オブ・ボイスという言い方です。こちらは言い方だけを指します。文章の調子、呼びかけ方、使わない言い回し。見え方は含みません。海外の資料ではこの言葉で分かれていることがあり、翻訳された記事では範囲が違ったまま並んでいます。
もう一つ、ビジュアルアイデンティティという言葉があります。こちらは逆に、見え方だけを指します。ロゴ、色、書体、写真の選び方。言い方は含みません。
社内で呼び方が割れていると、話が噛み合いません。片方が言い方まで含めて話し、もう片方が見え方だけを想定している。どちらも「トンマナ」と言っているので、食い違いに気づくのが遅れます。最初に、この記事でどこまでを指すのかを決めておくと早く済みます。
確かめ方は、最初の打ち合わせで聞くだけです。文章の書き方まで含める話なのか、見た目だけの話なのか。ここが揃っていないまま進むと、納品の段になって「文章の指針が入っていない」という食い違いが出ます。範囲の確認は、費用の話より先に済ませておくほうが早く終わります。
以降は、見え方と言い方の両方を含む意味で使います。
決めるのではなく、翻訳する
「トンマナを決める」という言い方をしますが、実際にやっているのは変換です。何もないところから選ぶのではなく、すでにあるものを別の形に置き換えています。
色を選ぶ場面で考えると分かります。世の中には色が無数にあります。その中から選べと言われても、絞る理由がなければ決まりません。実際に絞っているのは、その会社が何を約束しているかです。落ち着いた印象を約束しているなら、彩度の高い色は外れます。外れる理由があるから、候補が減ります。
書体も同じです。読みやすさを重視するのか、独自性を出すのか。どちらを取るかは、その会社が何で選ばれたいかによります。文章の調子もそうです。丁寧に説明するのか、短く言い切るのか。相手が誰で、どういう場面で読むかによって決まります。
元がないまま選ぶと、選ぶ理由が好みしか残りません。好みで選んでも形にはなります。ただ、次に別のものを作るときに、同じ基準を再現できません。作る人が変われば、また違う好みが入ります。
上位に並ぶ記事を読むと、決め方の手順が書かれています。参考にする事例を集める、色を決める、書体を決める、ルールにまとめる。手順としては、そのとおりに進みます。書かれていないのは、その手順に何を入力するかです。入力が空のまま手順だけを動かすと、出てくるのは作った人の好みになります。
事例を集める工程が、入力の代わりになると思われがちです。似た業種の会社を並べて、その中から選ぶ。作業としては進みますが、選んでいるのは他社が出した答えです。その会社が何を約束しているかは、集めた画像には写っていません。参考にすること自体は役に立ちますが、参考にする前に、自社の側で絞る理由が要ります。
絞る理由があると、事例の見方も変わります。似ているものを探すのではなく、同じ約束をしている会社がどう訳したかを見ることになります。業種が違っても参考になり、同業でも参考にならない、という分かれ方をします。
案を出す前に、何から訳すのかを確かめる。ここは引き受けた側の作業です。色の候補を並べる前に、約束が言葉になっているかを聞く。決まっていなければ、そこから始めることになります。
翻訳の元になるもの
翻訳の元になるのは、誰に何を約束するかです。ここが言葉になっていれば、見え方と言い方は導けます。
速さを約束している会社なら、迷わせない形が合います。情報を絞り、次にどうすればよいかが一目で分かる置き方になります。文章も短くなります。説明を尽くすより、たどり着かせるほうを優先するためです。
手厚さを約束しているなら、逆になります。情報は増え、文章も長くなります。読む手間はかかりますが、その手間自体が約束の表れになります。同じ「読みにくい」でも、片方は失敗で、片方は意図です。
ただし、約束と形は一対一で決まりません。同じ「丁寧さ」でも、扱うものが工業製品か食品かで、合う形は変わります。相手が法人か個人かでも変わります。対応表を作って当てはめる作業ではありません。元があることで候補が絞れる、というところまでです。
だから、元が言葉になっていないと翻訳は始まりません。「なんとなく上品な感じ」では、絞る材料になりません。上品さが何のために要るのか、誰に対して要るのかが決まって、はじめて形の候補が出てきます。
元が言葉になっているかは、確かめられます。社内の別々の人に、うちは誰に何を約束している会社かを聞く。答えが揃うなら、訳す元があります。人によって違う言葉が返るなら、まだ訳せる状態ではありません。この確認は、色の候補を見る前に済ませておくほうが手戻りが減ります。
約束をどう決めるかは、ブランドコンセプトとは。作り方と、機能しているかの見分け方に書いています。決まっていない状態でトンマナの話に入ると、決めることと訳すことが混ざります。混ざったまま進むと、形を見ながら約束を決めることになります。順番が逆になった状態です。
この順番でも、形は出来上がります。案を見ているうちに「うちはこういう感じだ」という合意ができて、それが約束の代わりになる。ただ、その合意は形に紐づいているので、次に別の媒体を作るときに持ち出せません。形が変われば、また合意し直すことになります。
合っているかを誰が見るか
訳したものが合っているかは、元を持っている側が判断します。ここが、この記事で実務に効くところです。
案が並んだとき、作る側だけで見ると、良いか悪いかの話になります。作る側は形の善し悪しを見る訓練をしているので、そちらの話が得意です。ただ、その判断には元が入っていません。きれいだが約束と合っていない案は、きれいなので通ります。
判断の材料は、約束と合っているかです。速さを約束しているのに、案が丁寧さを表していないか。手厚さを約束しているのに、情報が削られていないか。この問いに答えられるのは、約束を決めた人です。
だから、決めた人が見る場にいる必要があります。案を持ち帰って伝言で伝えると、伝わるのは形の説明だけになります。なぜその形なのかは、伝言では残りません。残らないまま決裁されると、次に直すときの根拠も失われます。
決める人がいない場で進むと、その場で立場が上の人の意見で決まります。決まること自体は問題ありません。ただ、その決め方だと、次に別のものを作るときも同じ手順を踏むことになります。基準が残らないので、毎回やり直しになります。
見る回数も決めておきます。案が出そろってから一度だけ見る形にすると、直しの幅が大きくなります。方向が決まった段階で一度、形になった段階でもう一度。二回に分けると、大きくずれたまま進む時間が短くなります。
案を出す側にも、やることがあります。案と一緒に、何に合わせて訳したかを出す。この色はこの約束から、この書体はこの相手から。そう書いてあれば、受け取った側は好き嫌いではなく、合っているかどうかで見られます。形だけを並べて「どれがお好みですか」と聞くのは、判断の材料を渡していない状態です。
書いておくと、決めたあとにも効きます。時間が経って別の媒体を作るとき、なぜその色なのかが残っています。残っていなければ、そのときいた人の記憶で決まります。
揃わないのは決まっていないから
複数の人が作ると、見え方と言い方はばらつきます。ばらつき自体は自然に起きるので、そこは問題ではありません。
対処として出てくるのは、決めごとを増やすことです。色を指定する、書体を指定する、文末の形を指定する。増やせば、指定した範囲は揃います。指定していない場面が来たときに、また分かれます。
そして、実務で起きることは指定の外に出ます。新しい媒体が増える、想定していなかった場面で使う、社外の相手が作る。そのたびに指定を足していくと、決めごとは増え続けます。増えるほど読まれなくなり、読まれない決めごとは守られません。
増やす方向で進めるかどうかは、判断できます。指定していなかった場面が出てきたとき、それが繰り返し起きることなら、決めごとを足す価値があります。一度きりなら、その場で判断して終わりにする。この見分けをせずに全部を足していくと、一度きりの事情が決まりとして残ります。
根が別のところにある場合があります。元が決まっていないと、そもそも何に揃えるのかが共有されていません。この状態で決めごとだけを増やしても、増えた分は暗記の対象になります。暗記したものは、書いてある場面でしか使えません。
決めごとが守られなくなる形は、これとは別にもあります。書いてあるのに読まれない、理由が失われたまま形だけ守られる。そちらは運用の話で、次の章で送る記事に書いてあります。この章で言っているのは、元がないまま決めごとを作った場合です。
元が共有されていれば、書いていない場面でも判断できます。新しい媒体が出てきたときに、「うちは何を約束しているから、ここではこうする」と考えられます。決めごとを読んでいない人でも、約束を知っていれば近いところに着きます。決めごとの数ではなく、元が共有されているかどうかが効きます。
書き残すときの形
訳したものが固まったら、書き残す段階になります。ここから先は、ガイドラインの話です。
何を書くか、何を書かないか、誰が運用するか。書き残す段になると、決めることが変わります。書く内容よりも、使われ続けるかどうかのほうが難しくなります。そちらはブランドガイドラインとは。何を書き、なぜ使われなくなるのかに書いています。
書き残す前に固めておくものがあります。訳す元と、訳した結果と、そのあいだの理由です。理由まで書いてあると、あとで事情が変わったときに見直せます。結果だけを書くと、合わなくなっても動かせません。
この記事で扱ったのは、その手前です。書き残すものが、何から訳されたのか。訳す元が決まっていないまま書き残すと、決めごとの一覧はできますが、書いていない場面で使えません。
トンマナは、約束の写し
トーンアンドマナーは、その場で決めるものではありません。誰に何を約束するかを、見え方と言い方に写したものです。
写す元が決まっていなければ、写せません。色も書体も文章の調子も、絞る理由がないまま選ぶことになり、残るのは選んだ人の好みです。
そして、写し方が合っているかを判断できるのは、元を持っている側です。作る側は案を出し、決めた側が約束と照らす。この役割が分かれていると、好き嫌いの話にならずに済みます。
揃わないと感じたときに見るのは、決めごとの数ではありません。何に揃えるのかが、社内で共有されているかどうかです。共有されていれば、書いていない場面でも近いところに着きます。